英文法の「格 case」の意味:主格 目的格 補語に使う格を完全解説

subjective & objective vs nominative & oblique 英文法の仕組み

英語の「主格」と「目的格」の違いに戸惑ったことはありませんか?

この「 case」という用語は「名詞が文の中で使用される役割に合わせて変化する形」を意味します。

これらは英語の場合は「代名詞 pronoun」にだけ使われる用語になります。

一旦「格」の説明は横に置いて、まず日本でよくみる解説を確認していきましょう。

  1. 主格 subjective case
    • 代名詞を「主語 subject」でつかう形。
  2. 目的格 objective case
    • 代名詞を「目的語 object」でつかう形。
      1. 動詞の目的語
      2. 前置詞の目的語

おそらく英語の英文法用語を調べると次の2つがみつかると思います。

  1. subjective case(主格)
  2. objective case(目的格)

実はこの2つの英語の文法用語「格」を見切る大きなカギとなるので覚えておいて下さい。

ここですこし「格」について補足説明をします。

おそらく日本の英語解説では「所有格 possessive case」も紹介されていると思います。

  • my 私の
  • your あなたの
  • our 私たちの
  • its それの

・・・などなどです。

しかし現代英語の文法ではこれらを「所有限定詞 possessive determiner」として扱うものが主流になってきました。

まず「限定詞 determiner」というのは「名詞の意味を限定する品」という意味です。

つまり定冠詞 the と同じように名詞の意味を限定する役割の品という解釈に切り替わっていることを意味します。

  • This is the best record.
  • This is my best record.

このように mythe が文法的に同じように機能するのがお判りだと思います。

これは「所有格」を「代名詞の変化形」とするよりも「所有の限定詞」と理解するほうが文法的により整合することを意味します。

そのためこのブログでは「所有格」のことを「(≒ 名詞の変化形)」として大きく扱いませんのでご了承ください。

Possessive determiner - Wikipedia

では「主格」と「目的格」に話を戻します。

代名詞のなかで一番よく見る「人称代名詞 personal pronoun」を例文で確認しましょう。

  1. I saw her at the store. (私は店で彼女を見ました。)
  2. You asked them a question. (あなたは彼らに質問をしました。)
  3. She gave the book to me. (彼女は私にその本を渡しました。)
  4. We made dinner for him.(私たちは彼のために夕食を作りました。)

次に「主語 subject」と「目的語 object」に入る代名詞を「」で区別してみます。

  1. I saw her at the store.
    • 主格 I
    • 目的格 her
  2. You asked them a question.
    • 主格 you
    • 目的格 them
  3. She gave the book to me.
    • 主格 she
    • 目的格 me
  4. We made dinner for him.
    • 主格 we
    • 目的格 him

ざっとこんな感じでよいかと思います。

ではここで1つ疑問が湧いてきます。

英語の名詞が使えるのは「主語」と「目的語」だけではありませんよね?

英語の名詞は「補語 complement」にも使えるのですから、それを確認していきましょう。

英語の「補語」の格はナゾだらけ!

まず英文法での「補語 C」は complement と言い「完全にする complete」の派生語です。

つまり補語とはただ補うのではなく「主語や目的語の意味を完する」となります。

英語の場合は補語を使う位置は2種類あります。

  1. SVC(第2文型)
    • 主語の意味を完する
    • subject complement
  2. SVOC(第2文型)
    • 目的語の意味を完する
    • object complement

そして英語の格でややこしいのは「主語の説明をする補語(subject complement)」です。

そのためこの記事で「補語 C」と呼ぶものは、注記がない限り主語と関係する「補語 SVCとします。

一般的な「補語 C」の文は be動詞がつくる文構造である SVC(第2文型)です。

  • Mario is a plumber.
  • マリオは配管工です。

実際に名詞(plumber)は補語で使用できます。

では代名詞はどうなるかというと「補語 C」に目的格を使います。

  • It’s me, Mario!

代名詞 me の置かれた位置は「補語 C」ですが目的格になっています。

さらに「ハリーポッターと秘密の部屋」の映画(2002)からも引用します。

Ask him. It’s him that’s done it.

『あいつです。あいつがやったんです。(彼に聞いてくれ。それをやったのは彼だ。)』

Harry Potter and the Chamber of Secrets (2002)

強調構文(cleft sentence)の「it is ~ that ~」の形でも目的格 him が入っています。

ここまでだと次の見解がよさそうです。

SVC の補語には目的格を置く!

ところが残念ながら、これで一件落着とはいかず英語の「格」のナゾはまだ続きます!

次は「疑問代名詞 interrogative pronoun」を見ていきましょう。

疑問代名詞にも人称代名詞と同じく「格」があります。

  • 主格 who
  • 目的格 whom

なんと疑問代名詞のときは「補語 C」の位置に主格を使います。

  • Who is he?
  • Whom is he?

これは疑問詞をつかった間接疑問文でも同じです。

  • 〇 Do you know who he is?
  • ✖ Do you know whom he is?

ここで注意点ですが、現代英語では目的格 whom を使用する機会そのものは減ってきています。

そのため主格 who を目的格 whom の代わりに使うことも容認されてきています

  1. Whom did you invite to the party?
  2. Who did you invite to the party?
  1. With Whom are you speaking?
  2. Who are you speaking with?

だからといって補語の位置に疑問代名詞の目的格 whom を使うことは昔からありません

そうなるとこんな疑問が湧いてきます。

  • なぜ「補語」なのに「補格」は存在しないの?
  • なぜ人称代名詞「補語」なのに目的格を使うの?
  • なぜ疑問代名詞「補語」なのに主格を使うの?

英語の代名詞の「格」がわかりにくい理由はカンタンでこういうことです。

人称代名詞疑問代名詞では格の使い方が違うから! 』

これに輪をかけてさらにナゾは深まります

そもそも「subjective(主格)」と「objective(目的格)」の2つは最近になって生まれた文法用語なんです。

つまり私たちが当たり前に学んでいたことの真実はこうなります。

『昔の英語には subjective と objective という格は存在しなかった!

では昔の英語はいったいどんなを使っていたのでしょうか?

なぜわざわざ新しい文法用語を生み出す必要があったのでしょうか?

こういった状況ですから英文法の解説がわかりやすいわけがないんです

それなら急がば回れで「格 case」という用語を根本的に理解するところから始めていきましょう。

文法用語の「格 Case」の意味

文法用語の「格 case」代名詞も含めて名詞が文の中での役割に合わせて変化する形を意味します。

現代英語とは違って昔の英語やドイツ語など多くの言語では、この「格 case」という仕組みが基本文法になっています。

まず文法用語に関する基礎知識ですが、多くの英文法用語はラテン語(さらにさかのぼると意味としてはギリシャ語が由来)が使用されています

それはローマの公用語であるラテン語が近代までヨーロッパ世界の共通語として機能していて、近代まで英文法書もラテン語で書かれていました。

In the early works, the structure and rules of English grammar were based on those of Latin. A more modern approach, incorporating phonology, was introduced in the nineteenth century…. Latin grammar traditions bore down oppressively on early English grammar writing. Any attempt by one author to assert an independent grammatical rule for English was quickly followed by declarations by others of the truth of the corresponding Latin-based equivalent.

『初期の英文法書において、英文法はラテン語文法に基づいて書かれていました。発音などの要素も含めた現代的な考え方は19世紀に導入されました。(中略)ラテン語文法の伝統は、初期の英語の文法書に強い圧力をかけるような形となっていました。ある作者が英語の独自の文法規則を主張しようとした場合は、すぐに他の著者によってラテン語に準拠し意味や構造が相応する文法が真であると主張されていました。』

History of English grammars – Wikipedia

このように英語だけでなくヨーロッパ系言語の文法そのものが長らくラテン語が基準でなければならないという原則に従って書かれていました。

そのため現代でもほぼすべての英文法用語はラテン語に由来し、ドイツ語やフランス語などほかのヨーロッパ系言語とも共通しているものが多くあります。

ではラテン語を参考にしつつ「格 case」の意味を語源から英語 Wikipedia を使って確認していきます。

The English word case used in this sense comes from the Latin casus, which is derived from the verb cadere, “to fall”, from the Proto-Indo-European root *ḱad-. The Latin word is a calque of the Greek πτῶσις, ptôsis, lit. “falling, fall“. The sense is that all other cases are considered to have “fallen” away from the nominative.

『この(文法用語としての)意味で使われる英語の caseラテン語の casus に由来していて、これはインド・ヨーロッパ祖語の語根*ḱad-から派生した動詞 cadere(落ちる)から派生しています。このラテン語はギリシャ語の πτῶσις(ptôsis)を翻訳して借用した言葉で、文字通り「落ちること、落下」という意味です。これは、主格nominative)以外の全て格を「(主格ではない形になって)落ちた」と考えられている、という意味になります。』

Grammatical case – Wikipedia

なによりもまず「主格」が subjective ではなく nominative になっていることをご確認ください(理由は後述します)。

まず「主格 nominative」というのは「主語になる名詞の形」であり同時に「名詞の基本の形」という前提があります。

それゆえ Wikipedia の引用をまとめると次のような解釈になります。

『主格以外の格を「名詞の基本形から外れた(ラテン語 casus “落下”)」と呼んだことから名詞が変化する仕組みを「格 case」と呼ぶようになった。』

では実際にラテン語()にどんな「格」があるのか見ていきましょう。

  1. 主格 nominative(羅: nominativus)
    • 主語など名詞の基本になる(~は)
  2. 呼格 vocative(羅: vocativus)
    • 呼びかけにつかう(~よ!)
  3. 属格 genitive(羅: genetivus)
    • 名詞とつながり所有・所属を示す(~の)
      • 英語の「名詞 + ‘s」や「of + 名詞」に近い
  4. 与格 dative(羅: dativus)
    • 行動の受け手を示す(~へ)
      • 英語の間接目的語に近い
  5. 対格 accusative(羅: accusativus)
    • 行動の対象を示す(~を)
      • 英語の直接目的語に近い
  6. 奪格 ablative(羅: ablativus)
    • 原因や分離などを示す(~から、~で、~により)
      • 英語では前置詞とペアにして表現する
  7. 処格 locative(羅: locativus)
    • 場所を示す(~に、~で)
      • 英語では前置詞とペアにして表現する
      • 地名など一部の名詞のみに使う格

なんと英語の代名詞のもつ「主格」と「目的格」とは全然違うものが並びました。

さきほど英語の場合は「主格 subjective」でしたがここでも「主格 nominative」になっています。

さらに「目的格 objective」はどこにも見あたりません。

ラテン語の格と日本語の助詞

まずはラテン語の格の例を見ていきましょう。

では英語 Wikipedia の Latin Grammar から「king」を意味する男性名詞 rex の格を引用します。(ラテン語の名詞には男性、女性、中性の3種類あります)

ご存じの方も多いでしょうが、肉食恐竜ティラノサウルスの学名(Tyrannosaurus rex) や愛称である T.rex にも使われています。

Name
名称
Use
用途
sing.
単数形
meaning
意味
plur.
複数形
meaning
意味
Nominative
主格
Subjectrēxa king,
the king
rēgēskings,
the kings
Vocative
呼格
Addressingrēxo king!rēgēso kings!
Accusative
対格
Object, goalrēgema king,
the king
rēgēskings,
the kings
Genitive
属格
ofrēgisof the king, of a kingrēgumof kings,
of the kings
Dative
与格
to, forrēgīto the kingrēgibusto kings,
to the kings
Ablative
奪格
with, by, from, inrēgewith the kingrēgibuswith the kings

ラテン語の名詞はこのように多くの形に変化し、これが正統派と言える「格 case」のシステムです。

つまり現代英語とラテン語では「名詞の役割」の指定の仕方に次のように違いが生まれます。

  • 現代英語:語順(動詞が決める文型)前置詞を使用する。
  • ラテン語:様々なを使用する(語順は比較的自由)。

もちろんラテン語にも前置詞がありますが、前置詞とペアで使用する場合にも特定の格を使う仕組みになっています。

ラテン語の名詞は非常に複雑な変化をするので男性名詞 rex の変化パターンはあくまでも一例としてご理解ください。

Latin grammar - Wikipedia

このラテン語の格と同じ仕組みは日本語には無いのでよくわかりません。

あえて「格」を日本語に置きかえると名詞」と「助詞」をつなげた形で表現できます。

例を挙げると「それ」という名詞にいろいろな「助詞」をつなげて文の中での役割を示します。

  • それ(主題)
  • それ(方向)
  • それ(対象)
  • それ(所有)
  • それ(連結)
  • それ(手段)

もちろん助詞の意味はこれだけではないですが、名詞の役割を指定する仕組みとしてご理解ください。

各言語ごとに『文中での「名詞の意味」を教えてくれる仕組み』をみてみましょう。

  1. 英語は「語順(文型)」と「前置詞
    • フランス語はこのタイプ
  2. ラテン語は「
    • ドイツ語はこのタイプ
  3. 日本語は「助詞

どれが優れているというわけでなく、言語ごとの個性と言えると思います。

さて英語を学んでいるみなさんなら、ラテン語の「格」を見たことがあるはずです。

その理由は多くのラテン語の表現が英語にも残っているからです。

日本語でもよくみる代表例としては「A.M. 午前」や「A.D. 紀元」があります。

  • ante meridiem: 午前(A.M.)
    • 英訳:before noon
      • 前置詞:ante
      • 名詞:merīdiēs の単数・対格(accusative)
  • anno domini: 紀元(A.D.)
    • 英訳:in the year of the lord
      • 名詞:annus の奪格(ablative)
      • 名詞:dominus の属格(genitive)

完全に英単語として取り込まれた単語でもラテン語由来とされるものはかなりの数に上り、全体の28%ほどを占めるとの研究結果もあります。

Latin influence in English - Wikipedia

ラテン語と英語に「補格」はない

ここまでラテン語の格について学んできました。

ですがラテン語にも補格(補語だけに使う格)」と呼ばれるものは存在しません

もちろん英語にもドイツ語にもフランス語にもありません。

ここで、まず日本でよくみる「格」の解説を再確認します。

  1. 主格 subjective case
    • 代名詞を「主語 subject」でつかう形。
  2. 目的格 objective case
    • 代名詞を「目的語 object」でつかう形。
      1. 動詞の目的語
      2. 前置詞の目的語

この説明はあくまでわかりやすい基本の紹介でしかないんです。

そもそも○語(文中の役割)」と「〇(名詞の形)」は一致しないんです。

実際にラテン語の格でみていきましょう。

  • 呼格はあるが呼語はない
  • 属格はあるが属語はない
  • 対格はあるが対語はない
  • 与格はあるが与語はない
  • 奪格はあるが奪語はない

このように「〇格」と「〇語」は一致しません。

では次に文中の役割を示す「〇語」をみていきましょう。

  • subject
  • predicate
  • 目的 object
  • complement
  • 修飾 modifier

当然ですが「述」や「修飾」は英語にもラテン語にもありません。

そもそも文法用語の由来となったラテン語でも「語」と「格」の用語の一致は前提になっていません。

それゆえ「補語だから補格があるはず」という推論は成り立ちません。

実情としては、現代英語には「主格」と「目的格」という2つの選択肢しかないというだけの話なんです。

ですが補語につかう格がヘンテコになっている理由はちゃんとあります!

この現代英語の格のナゾは歴史をさかのぼっていくと答えが見つかります。

というわけで現代英語のご先祖様である「古英語 Old English」の「」についてみていきましょう。

古英語の「格」はドイツ語で学べる

現代英語とは違って1000年ほど前の「古英語 Old English」にはラテン語と同様に名詞が変化する「格」の仕組みがありました。

まずこの「古英語の格」を見切ることで、ヘンテコな現代英語の格のナゾが解決できるんです。

英語の区別は、歴史の中で英語が変化してきた特徴から大きく4段階に分類されています。

  1. 古英語 Old English: 450-1150 AD
    • 現在のドイツデンマークから来たアングロサクソン人がブリテン(現在のイギリス)に持ち込んだ。
    • 古英語は現代英語よりもドイツ語に近い
    • 現代英語の基本的な単語ほどドイツ語とよく似ている
  2. 中英語 Middle English: 1150-1500 AD
    • フランスから来たノルマン人の支配(ノルマン人征服 1066 AD)によりフランス語の影響を受けた。
    • 現代英語にもフランス語を経由してラテン語の単語がたくさん入っている
  3. 初期近代英語 Early Modern English: 1500-1700 AD
    • ルネサンスの影響でローマやギリシャの古典への回帰が進み、ラテン語ギリシャ語から多くの単語が入って来る
    • ゲルマン語ロマンス語の両方の影響をうけた独特の特徴を持つ言語
  4. 現代英語 Modern English: 1700-現在
    • 我々のよく知る英語になるが、日々変化している。
    • 実質的な世界言語として世界中の人たちが使用している

概要はこのような感じです。

History of English - Wikipedia

このように英語は大きな変化を経てながら今に至ります。

なんと古英語は単語も文法そして文字すら現代英語の知識だけでは歯が立たないほど大きく違います。

そしてなにより日本語だと勉強するための教材や資料をみつけるのも一苦労です。

ですがご心配なく!

古英語の「格」を理解するうえで頼もしい味方がいます。それがドイツ語です。

英語とドイツ語は同じ「ゲルマン語グループ Germanic languages」に属する近い親戚同士です。

英語の親戚の言語もあわせて確認してみます。

実際には、様々な変化をした現代英語よりも、なんと現代ドイツ語のほうが古英語に似ている状況になっています。

Among living languages, Old English morphology most closely resembles that of modern Icelandic, which is among the most conservative of the Germanic languages. To a lesser extent, it resembles modern German.

『現存する言語の中で、古英語のもつ単語の変化パターン、ゲルマン語グループの中で古くからの仕組みを一番受け継いているグループのひとつである現代アイスランド語に最もよく似ています。それよりも程度は低くなるものの現代ドイツ語にも似ています。』

Old English grammar – Wikipedia

私のような日本で生まれ育った日本語話者にとってはアイスランド語よりもドイツ語のほうが学習教材やネイティブスピーカーとの出会いなど総合的に考えると圧倒的に勉強しやすいです!

ということはドイツ語の「」を参考にして、古英語の「」を学べばいいんです!!

古英語とドイツ語の「格」

古英語の時代はいまよりも複雑な「格」の仕組みがありました。

それでもラテン語ほど多くはなく4つの格が基本になります。

  1. nominative 主格
  2. accusative 対格
  3. genitive 属格
  4. dative 与格

ラテン語の「王 rex」と同じく、古英語の男性名詞「王 cyning(現代英語 king)」の4つの格を見ていきます。(古英語の名詞は男性、女性、中性の3種類あります)

Case Singular 単数Plural 複数
Nominative
主格
se cyningþā cyningas
Accusative
対格
þone cyningþā cyningas
Genitive
属格
þæs cyningesþāra cyninga
Dative
与格
þǣm cyningeþǣm cyningum

またしても古英語では「主格」が subjective ではなく nominative になり、objective が見当たりません。

そして古英語の4つの格にはラテン語の格と同じ用語が使われています。

しかし冠詞を使わないラテン語(英語における athe がない)とはすこし異なる格変化が起こります。

古英語の場合は、名詞 cyning が変化するのと同じく、定冠詞 the の機能を持つ seþone もあわせて変化します。

古英語は「名詞 noun」と「冠詞 article」にも格が変化する仕組みがあったんです。

ところで見なれない文字 “þ” が登場しますが、古英語などゲルマン語グループでは、ローマの公用語である「ラテン文字 Latin alphabet」が導入される前は「ルーン文字 runes」が使われていたからです。

ちなみに Bluetooth のロゴ ( の合成)もルーン文字が由来になっています。

Rune - Wikipedia

古英語と比べて名詞の変化はすくないですが、冠詞の変化で格がわかるのは現代ドイツ語も同じです。

ではドイツ語で「王 the king」を意味する「定冠詞König」の変化パターンを見ていきます。(ドイツ語の名詞の先頭は大文字

ドイツ語の名詞は男性、女性、中性の3種類あり König は男性名詞です。

Case 格Singular 単数Plural 複数
Nominative
主格
der Königdie Könige
Accusative
対格
den Königdie Könige
Dative
与格
dem Königden Königen
Genitive
属格
des Königsder Könige

もう予想できたことですが「主格」が subjective ではなく nominative になり、さらに objective も見つかりません。

そしてドイツ語古英語の4つの格は全く同じ用語が使われています。

ゲルマン語グループのドイツ語を参考にして古英語が学べるのにはこういった理由があります。

ですがここでちょっと注意点があります。

実はドイツ語圏では英語圏とは格の並びが違います

そしてラテン語由来の名称でない「1格」や「2格」のような数字を使った表記も使用されています。

日本のドイツ語教育ではドイツ表記に準拠しているので、ここでドイツ語に準拠した表記も紹介します(日本語のドイツ語文法もこの順番です)。

  1. 主格(1格 / 1. Fall
    • Nominativ(独)
    • nominative(英)
    • nominativus(羅)
  2. 属格(2格 / 2. Fall
    • Genitiv(独)
    • genitive(英)
    • genitivus(羅)
  3. 与格(3格 / 3. Fall
    • Dativ(独)
    • dative(英)
    • dativus(羅)
  4. 対格(4格 / 4. Fall
    • Akkusativ(独)
    • accusative(英)
    • accusativus(羅)

ちなみにドイツ語の “Fall” も「落下」という意味で「格」になっている理由は、ギリシャ語やラテン語からつながる由来を継承しているからです。

ここで注意点ですがドイツ語の名詞の格変化は名詞の区別にあわせて4パターンがあります。

  1. 男性名詞(単数形)
  2. 女性名詞(単数形)
  3. 中性名詞(単数形)
  4. 全ての名詞複数形

英語の代名詞(he, she, it, they)はこのゲルマン語グループの名詞の区別に由来します。

German declension - Wikipedia

主格・名格 Nominative(1格)

では日本語で読めるドイツ語の文法書に対応させやすい「格」の順番で解説していきます。

ここからが「主格 nominative」の本格的な解説です。

この nominative はラテン語で「名前」を意味する nomen に由来しnoun(名詞)」と同じ語源です。

そのため「(名前をあらわす品詞である)名詞の基本の形」として辞書などの見出し語(dictionary form)として使われる形です。

つまり前提として主語になる」のは「名詞の一番基本の使い方ということなんです。

そのため時折名格という和訳が使用されますが、こちらがラテン語の語義に近くなります。

ですので nominative は「詞の使い方で(メイン、基本)になる」という理解のほうがうまくいきます。

Nominative case - Wikipedia

日本語の解説では「語で使う=格」というものをよく見ますが nominative は「主語専用の格」というわけではないので、もう一歩踏み込んだ知識が必要になります。

では英語とドイツ語を比べながら nominative を見てきましょう。

再確認ですが古英語と同様に、ドイツ語では普通の名詞でも格が変化します

まずは主語で男性名詞 Mann(英: man)使ってみます。

  • A wise man lived in Germany.(英)
  • Ein weiser Mann lebte in Deutschland.(独)
    • 聡明な人がドイツに住んでいた。

では次はまず英語で補語目的語に a wise man を分けて使用します。

  1. Nietzsche was a wise man.
    • ニーチェは聡明な人だった。
      • SVC文型:a wise man補語
  2. Nietzsche knew a wise man.
    • ニーチェは聡明な人を知っていた。
      • SVO文型:a wise man目的語

次にこの2文を先ほどの主語の文と合わせてドイツ語にしてみます。

  1. Ein weiser Mann lebte in Deutschland.(主語)
    • A wise man lived in Germany.
  2. Nietzsche war ein weiser Mann.(補語)
    • Nietzsche was a wise man.
  3. Nietzsche kannte einen weisen Mann.(目的語)
    • Nietzsche knew a wise man.

ドイツ語の Mann は男性名詞(masculine noun)なので、主格(1格)対格(4格)で形が変わります。

そうなるとドイツ語では補語目的語のどちらが主格かわかりますよね?

ドイツ語だけでなく主語を説明する補語(SVC)に nominative を使うのは古英語でも同じです(もちろんラテン語も同様です)。

それでは実際に英語 Wikipedia で古英語nominative を参照してみましょう。

Nominative: the subject of a sentence, which carries out the action.

  • lufode hīe (“he loved her”)
  • þæt mæġden rann (“the girl ran”).

Words on the other side of “to be” also take this case: in the phrase wyrd is eall (“destiny is all“), both “destiny” and “all” are nominative.

Old English grammar – Wikipedia

古英語のスペルがあるのでわかりにくいです。

そこで和訳と合わせて翻訳を見ていきます。

『主格(nominative): 文の主語であり、動作を実行するものです。

  • lufode hīe (「彼は彼女を愛した」)
  • þæt mæġden rann (「その少女は走った」)

「be動詞」の反対側の単語もこの格をとりますwyrd is eall (“destiny is all“) というフレーズでは「destiny」と「all」の両方が主格(nominative)です。』

Old English grammar – Wikipedia

ここでの「be動詞の反対側の単語」とはいわゆる「SVC の補語 C」のことです。

これは現代英語に適用すると “It is I, Mario!” となることになります。

つまり古英語やドイツ語の「主格 nominative」は現代英語の「主格 subjective」とは役割が違うんです。

属格 Genitive(2格)

2番目の格が「属格 genitive」になり、所有所属などを示します。

もともと「属格 genitive」はラテン語で「起源、出生」を意味する genetīvus に由来し「起源や出生」から「所有や所属」へと役割が変わっていきました。

そのため「生格」という和訳もときおり見られます。

属格は、現代英語だと “of 名詞” や “名詞 ‘s” そして日本語だと「名詞」に相当する使い方になります。

Genitive case - Wikipedia

一見すると英語の「所有格 possessive case」の my, your, his などに見えますが使い方が違います。

ブログ冒頭で申し上げたように英語の「所有格」は「所有限定詞」と呼ばれる「所有を意味する定冠詞」に近い解釈が主流になりつつあります。

そしてこの「所有を意味する冠詞」は名詞の格変化ではないのでドイツ語の用語で「所有代名詞」と呼ばれますが、実際には定冠詞と同じように機能します。

つまり「所有代名詞」と「名詞」はワンセットになりドイツ語の属格として機能します。

まず所有代名詞 mein(英: my)を男性名詞 Bruder(英: brother)につなげます。

  • mein Bruder(主格=基本の格)
  • my brother
  • 私の 兄弟

次にこの mein Bruder を「属格 genitive(2格)」に変えて名詞 das Buch(英: the book)につなげてみます。

  • That is my brother’s book.
  • Das ist das Buch meines Bruders.
    • ドイツ語の属格は後置修飾(名詞に後ろから連結)

ドイツ語は所有代名詞 mein と名詞 Bruder の両方が「属格(2格)」になります。

では「主格 nominative(1格)」から並べます。

  • ein Bruder (a brother)
  • der Bruder (the brother)
  • mein Bruder (my brother)

では「属格 genitive(2格)」の変化を見ていきます。

  • eines Bruders (a brother’s)
  • des Bruders (the brother’s)
  • meines Bruders (my brother’s)

このように男性名詞 Bruder の属格は「所有代名詞」と「名詞」の両方が変化します。

German pronouns - Wikipedia

そしてドイツ語の属格と同じように古英語の名詞も属格に変化していました。

この名残が現代英語にも「サクソン属格 Saxon genitive」として残っています。

まずは英語 Wikipedia から引用します。

For nouns, noun phrases, and some pronouns, the possessive is generally formed with the suffix -‘s, but in some cases just with the addition of an apostrophe to an existing s. This form is sometimes called the Saxon genitive, reflecting the suffix’s derivation from Old English.

『名詞、名詞句、および一部の代名詞の場合、所有の表現は一般に接尾語 -‘s で形成されますが、既存の s にアポストロフィを追加するだけの場合もあります。この形式は、接尾語が古英語に由来していることを反映してサクソン属格と呼ばれることもあります。』

English possessive – Wikipedia

これは単純なことで名詞の後ろに「アポストロフィ + s」をつければこれで古英語の伝統を受け継ぐサクソン属格です。

  • 単数 My brotherMy brother‘s
  • 複数 My brothersMy brothers’

さらに疑問詞はとても分かりやすいです。

  • who 主格に由来
  • whom 対格に由来
  • whose 属格に由来

これらはアングロサクソン人が使っていた古英語の属格の名残というわけです。

英単語なかには単語同士を組み合わせに属格 s が連結で入るものがあります。

From Middle English -s, -es, from Old English -es (“-‘s”, masculine and neuter genitive singular ending), which survives in many old compounds. In more recent coinage, from contraction of the derived clitic -‘s in compounds.

古英語の -es (-‘s 男性および中性名詞の属格単数語尾) 中英語の -s、-es から派生し、多くの古い複合語に残っています。最近の造語では、複合語の派生接語 -‘s が短縮されました。』

https://en.wiktionary.org/wiki/-s-

あまりに見慣れないものが多いですが例をあげます。

  • doomsday – 世界の終わり、最後の審判の日、滅亡の日
  • statesman – 政治家、外交官
  • kingsman – 王の家臣、王の側近
  • swordsman – 剣士、剣の使い手
  • marksman – 射手、射撃の名手
  • womenswear – 婦人服
  • Pittsburgh – ピッツバーグ (アメリカ・ペンシルベニア州の都市)

アメリカの都市ビッツバーグはイギリスの政治家 William Pitt(ウィリアム・ピット)の burgh(要塞)という意味で作られたようです。

与格 Dative(3格)

3番目の格は「与格 dative」で行動の「受け手」や「行き先」を示す格になります。

語源はラテン語で「与えること」を意味する datīvus に由来します(さらにさかのぼるとラテン語はギリシャ語の翻訳)。

これは現代英語に置き換えて考えると「間接目的語 indirect object」の役割を果たす格です。

Dative case - Wikipedia

ではここから与格の仕組みを英語とドイツ語を使ってみていきます。

英語の動詞「belong 所属する」の語源に当たる古英語の動詞 belangian は「与格」とペアを組んでいました。

ここから現代英語では前置詞 to が与格の代わりとなり「belong to 名詞」の形へ変化しました。

英語の belong はドイツ語の gehören に相当しますが、与格の使い方で差が出ます。

では与格の使えるドイツ語と現代英語で比べてみましょう。

  1. This book belongs to me.(英)
    • 前置詞 to + 目的格 me
  2. Das buch gehört mir.(独)
    • 属格 mir(私に)
  3. この本は 所属する 私に(この本は私のものです)

現代英語には「与格がないので、tofor など方向を示す前置詞と名詞を組み合わせて代用します。

前置詞を使わない場合は、第4文型 SVOO だけが語順を固定することで代用できます。

  • 1つ目の目的語:間接目的語(indirect object)
    • 古英語では「与格 dative」を使っていた
  • 2つ目の目的語:直接目的語(direct object)
    • 古英語では「対格 accusative」を使っていた

ちなみに第4文型 SVOO から 第3文型 SVO への置き換えを「dative shift 与格交替」と言います。

詳しい文法の仕組みは次のブログをご覧ください。

さて、この「与格 dative」は古英語の to 不定詞と密接な関係を持っています。

古英語に限らずヨーロッパ系言語の「不定詞 infinitive」は名詞用法が基本になります。

そして古英語の時代には不定詞には2種類の形がありました。

現代英語の動詞 sing のご先祖様である singan を見ていきます。

  • singan(歌うこと)
    • 原形不定詞として残っている形
  • tō singenne(歌うことへ向けて)
    • 現代英語でおなじみ to 不定詞

古英語の動詞の変化パターンは次のリンクを参照ください。

Old English/Verbs - Wikibooks, open books for an open world

そして古英語では「動詞の原形(名詞用法)」だけ使う用法に加えて「前置詞 to」と組み合わせて「to do」の元になる形も使っていました。

つまり我々の知る不定詞(to do)はワンセットではなく「前置詞+名詞」だったんです。

  1. 前置詞 to~の方向へ
  2. 動詞の原形(名詞用法)~すること

これで古英語の to 不定詞は「~することへ向けて」という意味になります。

現代英語では to に限らず前置詞の後の名詞が変化することはありません。

しかし古英語とでもラテン語でも前置詞の後ろの名詞も「格」が変化します。

そして古英語の場合は前置詞 to とペアになる名詞は「与格 dative」に変化していたんです。

そのため古英語の不定詞名詞用法なので singan ⇒  singenne前置詞与格)という変化がありました。

この古英語の不定詞の「与格」の仕組みは「中英語 Middle English」のころから次第に無くなっていきました。

英語の不定詞のややこしい仕組みについては次のブログをどうぞ。

対格 Accusative(4格)

最後になる4番目は「対格 accusative case」は行動の「直接の対象」を意味する格になります。

現代英語では「直接目的語 direct object」になるので「他動詞の目的語」としての役割があります。

英文法用語 accusative はラテン語の accusativus(告発する、非難する)に由来し、英語の accuse(告発する、非難する)と同じ語源になります。

なぜ「行動の対象」であるべき格の名称が「告発・非難」になっているのには理由があります。

もともと古典ギリシャ語では「対格」は動作の原因や対象を示すという意味合いから「causative 原因 」の格と考えられました。

このギリシャ語からラテン語へ文法用語を翻訳する際に accusativus(告発する、非難する)と誤って訳してしまったんです。

その結果、動詞が直接影響を与える対象を示す格であるにもかかわらず「非難」や「告発」に関連する意味が加わってしまいました。

英語 Wiktionary の「accusativus(ラテン語の対格)」から引用します。

From accūsō (“to accuse, blame”) +‎ -īvus (verbal adjective suffix). As a grammatical term, it is a mistaken calque of Ancient Greek αἰτῐᾱτῐκή (aitiātikḗ), which does not mean “related to accusing”, but rather “related to an effect.

accūsō(「非難する、責める」)+ -īvus(動詞の形容詞化接尾語)に由来。文法用語としては、古代ギリシャ語の αἰτῐᾱτῐκή(aitiātikḗ)の誤った翻訳に基づいています。このギリシャ語は非難に関連する」という意味よりも「結果に関連する」という意味を持ちます

https://en.wiktionary.org/wiki/accusativus

このように「対格 accusative」はギリシャ語の「原因」という由来から、ラテン語の「非難・告発」に変わってしまったので、語源としては少し異なる意味を持つことになりました。

Accusative case - Wikipedia

ではドイツ語の「対格 accusative」を見ていきましょう。

上の「主格」の解説ところで使った文を再利用します。

  1. Nietzsche war ein weiser Mann.(補語 SVC)
    • Nietzsche was a wise man.
  2. Nietzsche kannte einen weisen Mann.(直接目的語)
    • Nietzsche knew a wise man.

対格は「冠詞」と「形容詞」のどちらも形が変化します。

  • a wise man(英)
  • ein weiser Mann(独・主格
  • einen weisen Mann(独・対格

形容詞は名詞に組み込まれるので「名詞の一部」という解釈が適用されます。

古英語ラテン語そしてフランス語も含めてヨーロッパ系言語なら、こちらのほうが基本ルールになります。

さて実は「対格(直接目的語のための格)」にはとても重要な機能があります。

英語以外のドイツ語フランス語など多くの言語では、直接目的語(対格)からしか「受動態 passive voice」を作ることはできません

現代英語は、間接目的語からでも「受動態」を発動できるのですが、これは意外にレアケースなんです。

そのため「受動態 passive voice」を発動するパターンがいろいろあるので注意が必要になります。

現代英語は subjective と objective

ここまで見てきたようにラテン語ドイツ語そして古英語でも「主格」といえば nominative が使われています。

しかし現代英語では「主格」に subjective が使われています。

日本語だとどちらも「主格」に和訳されるのでなかなか注目されませんが、subjective はラテン語や古英語では使われない用語です。

そしてもうひとつ現代英語「目的格」である objective もラテン語にも古英語にもありません。

しかし「objective 目的格」に相当するものとしてラテン語には「oblique 斜格」というものがあります。

A noun or pronoun in the oblique case can generally appear in any role except as subject, for which the nominative case is used. The term objective case is generally preferred by modern English grammarians, where it supplanted Old English’s dative and accusative.

斜格の名詞または代名詞は一般的には、主語として使う場合を除いて、あらゆる役割で使用できます。そして主語として使用される名詞には nominative(主格)を使用します。目的格という用語は、一般的に現代英語の文法学者によって好まれており、古英語の与格対格に取って代わりました。』

Oblique case – Wikipedia

文法用語の「oblique 斜格」の語源は、ラテン語の obliquus から来ており「斜めの」や「間接的な」を意味します。

この「斜め」という表現が使われている理由は「名詞の基本の形(主格)から外れた形(斜めの格」になり、主語以外の間接的な役割や関係を示すことから来ています。

そのためラテン語では「対格 accusative」や「与格 dative」そして「奪格 ablative」など複数の格をまとめて「斜格 oblique」といいます。

そして古英語の場合は「斜格 oblique」は「対格」と「与格」をまとめた言い方になります。

そうなると現代英語では「斜格 oblique」は直接目的語間接目的語そして前置詞の目的語で使用される「目的格 objective」とほぼ同じ意味になります。

これを古英語と現代英語にわけて分類すると次のようになります。

  • 古英語
    1. nominative(主格)
    2. oblique(主格以外 ⇒ 斜格)
  • 現代英語
    1. subjective(主格)
    2. objective(主格以外 ⇒ 目的格)

なんとほぼ同じものなのに、わざわざ別の用語が使われています。

ここから「古英語」と「現代英語」の「名詞の基本形(語で使う)」を中心にした視点では、以下のような分類になります。

  1. 名詞の基本形(主語)
    • nominative(主格・名格)
    • subjective(主格)
  2. 名詞の基本形以外(主語以外)
    • oblique(斜格)
    • objective(目的格)

このように実はラテン語に由来する用語でも英語に応用できるんです。

ですがもちろん新しい文法用語が現代英語で生まれた理由はちゃんとあります。

現代英語で Nominative は機能しない

ここまでの説明でお分かりかと思いますが、古英語現代英語では「格 case」の仕組みが大きく違います

そのため現代英語で nominative をそのまま使うと、古英語だけでなくラテン語やドイツ語の仕組みからも乖離してしまうんです。

実際に英語 Wikipedia で経緯を参照してみましょう。

English is now often described as having a subjective case, instead of a nominative, to draw attention to the differences between the “standard” generic nominative and the way that it is used in English. The term objective case is then used for the oblique case, which covers the roles of accusative, dative and objects of a preposition.

『英語は現在、 nominative ではなく subjective を持つとよく言われます。これは「標準的な」総称 nominative(主格)英語においての主格の使用法との違いに注意を向けるためです。objective(目的格)という用語は、対格、与格、前置詞の目的語の役割をカバーする oblique(斜格)に対して使用されます。

Grammatical case – Wikipedia

上記の説明をまとめると次のようになります。

ラテン語の nominative がうまく機能しないので、現代英語の subjective を作りました。

ラテン語の oblique の代わりに、新たに生まれた subjective に対応させて、現代英語の objective を作りました。

この状況は現代英語の2種類の代名詞のナゾをみるとわかります。

ブログ冒頭で確認したナゾを再確認します。

  • なぜ人称代名詞「補語」なのに目的格を使うの?
  • なぜ疑問代名詞「補語」なのに主格を使うの?

これに加えて「疑問代名詞は主格 who だけでもよい」という傾向も加わっています。

この「格」の基本が崩れてしまった現状を古英語そしてドイツ語と比較してみてみます。

現状はこれほどややこくなっているのですが、ここまで来るまでにも英文法に関して論争がありました。

すこし長くなりますが、英語 Wikipedia を引用してみます(和訳は別で下記にあります)

Eighteenth-century grammarians such as Joseph Priestley justified the colloquial usage of subject complements in instances such as it is me (and it is him, he is taller than him, etc.) on the grounds that good writers use it often:

All our grammarians say, that the nominative cases of pronouns ought to follow the verb substantive as well as precede it; yet any familiar forms of speech and the example of some of our best writers would lead us to make a contrary rule; or, at least, would leave us at liberty to adopt which we liked best.

Other grammarians, including Baker (1770), Campbell (1776), and Lindley Murray (1795), say the first person pronoun must be I rather than me because it is a nominative that is equivalent to the subject. The opinions of these three partisans of the nominative case were accepted by the schoolmasters. However, modern grammarians such as Rodney Huddleston and Geoffrey K. Pullum deny that such a rule exists in English and claim that such opinions “confuse correctness with formality”.

This argument for it is I is based on the model of Latin, where the complement of the finite copula is always in the nominative case (and where, unlike English, nominative and accusative are distinguished morphologically in all nominal parts of speech and not just in pronouns). The situation in English may, however, also be compared with that of French, where the historical accusative form moi functions as a so-called disjunctive pronoun, and appears as a subject complement (c’est moi, ‘it is me’). Similarly, the clitic accusative form can serve as a subject complement as well as a direct object (il l’est ‘he is [that/it]’, cf. il l’aime ‘he loves it’).

Subject complement – Wikipedia

上記の引用の和訳なので同様の内容です。

18世紀の文法学者、例えばジョセフ・プリーストリーは “it is me“(および “it is him” “he is taller than him” など)のような主語を説明する補語(subject complement)の口語的な使用を正当化しました。彼は、優れた作家たちがしばしばそのような表現を使っていることを根拠にしました:

私たちの(知っている)文法学者たちは、代名詞の「nominative 主格」が動詞 'be' の後にも前にも来るべきだと言いますが、よく使われる会話表現や、優れた作家たちの例は、反対の規則を作るように促しています。少なくとも、どちらを選んでもよいとしています。

しかし、他の文法学者、例えばベーカー(1770年)、キャンベル(1776年)、およびリンディー・マーレイ(1795年)は、1人称代名詞は “me” ではなく “I” であるべきだと主張しました。なぜなら、それは「nominative 主格」であり「subject 主語」に相当するからです。この3人の「nominative 主格」の支持する者たちの意見は、学校教師たちによって受け入れられました。しかし、現代の文法学者、例えばロドニー・ハドルストンやジェフリー・K・プラムは、そのような規則が英語に存在することを否定し、そのような意見は「正しさと形式的なものを混同している」と主張しています。

この “it is I” という表現に対する議論は、ラテン語のモデルに基づいています。ラテン語では、定形の存在動詞(≒ 英語の be動詞)の補語は常に「nominative 主格」であり、(英語とは異なり)主格と対格(目的格)はすべての名詞句において形が区別されているためです。しかし、英語の状況はフランス語と比較することもできます。フランス語では、歴史的に対格の形である “moi” がいわゆる独立代名詞として機能し、主語補語(subject complement)として現れます。例:”c’est moi”(それは私です)。同様に、接辞的な対格形も主語補語(subject complement)としても、直接目的語としても機能します。例:”il l’est”(彼はそうです) “il l’aime”(彼はそれを愛しています)。

Subject complement – Wikipedia

このようにラテン語の格が英語と違うという現状に対し「ラテン語に合わせろ!」という意見がやはりあったんです。

そこに「いや英語はこれでエエねん!」ということで「主語の格に nominative でなく subjective を使う」となったんです。

ちなみにフランス語の引用部は主語を説明する補語」に主格でも目的格でもない「遊離形 disjunctive」をつかうということを受けています。

ここでは「フランス語もラテン語と違う仕組みやん?英語だけ無理に合わせんでもエエやろ?」という意図を受け取ってさらっと流してください。

現代英語は Subjective と Objective

現代英語の2種類の代名詞は「格」の仕組みから離れて個々の使い方が生まれています。

だからこそラテン語から離れた「subjective 主格」と「objective 目的格」を生み出す必要があったんです。

では最後に、主格としての nominative が機能しなくなる経緯を見ていきましょう。

ちょうど「初期近代英語 Early Modern English」に見られます。

まずは「人称代名詞 personal pronoun」を「補語 SVC」に使用する場合です。

初期近代英語で書かれた「欽定訳聖書 King James Version Bible」をみてましょう。

下記の引用はイエス(Jesus)が奇跡を起こして水面を歩く場面を受けています。

But he saith unto them, It is I; be not afraid.

『イエスが「私です。こわがることはありません」と声をおかけになりました。』

John 6:20 King James Version (KJV)

全体として古風な文体ですが、この “It is I” 使い方が nominative なのはご理解いただけると思います。

しかし同じ聖書でも現代英語にバージョンを変えると「補語 SVC」に「目的格 me」が入ります。

But he said to them, “Don’t be afraid. It’s me.”

『イエスが「こわがることはありません。私です。」と声をおかけになりました。』

John 6:20 Easy-to-Read Version (ERV)

このように聖書のバージョンをより現代英語に変えると書き方の変化を確認することが可能です。

では現代英語の「人称代名詞 personal pronoun」の使い方をまとめます。

  1. 主格 subjective
    • 主語専用で使う形
    • 補語 SVC で使える(本来は正式
  2. 目的格 objective
    • 主語以外でつかう形
    • 補語 SVC で使える(実質的によく見る

この「人称代名詞」の現実の使い方を知っておくと古風な英語にも対処できるはずです。

次に「疑問代名詞 interrogative pronoun」に進みます。

疑問代名詞の「補語 SVC」は nominative で対応できます。

ここまでならよいのですが「目的格を主格に置き換える」という使用法が生まれています。

では先ほど同様に初期近代英語で書かれた「欽定訳聖書 King James Version Bible」をみてましょう。

Jesus therefore, knowing all things that should come upon him, went forth, and said unto them, Whom seek ye?

『イエスは、自分に起ころうとしているすべてのことを知って、進み出て彼らに言われた。「誰を探しているのか?」』

John 18:4 King James Version (KJV)

かなり古風な表現が多く “Whom seek ye?” もドイツ語語順のようになっています。

意味そのものは “Whom do you seek?” なので seek の直接目的語に「目的格 whom」が使われています。

さて実は、疑問文で助動詞 do を使わないことは初期近代英語にはよくありました。

助動詞 do の成り立ちを知りたい方はこちらをどうぞ。

ではつぎにより現代英語に近いバージョンを見てみましょう。

Jesus already knew everything that would happen to him. So he went out and asked them, “Who are you looking for?”

『イエスはすでに自分に起こるすべてのことを知っていた。それで、彼は出て行き、彼らにこう尋ねられた。「誰を探しているのか?」』

John 18:4 Easy-to-Read Version (ERV)

こちらは look for からつながる目的語に「主格 who」が使われています。

もちろん現代英語でも whom を使うこともありますが、だんだんと減ってきています。

では現代英語の「疑問代名詞 interrogative pronoun」の使い方をまとめます。

  1. 主格 subjetive
    • 主語と補語 SVC(本来の nominative
    • 目的語でも使える
  2. 目的格 objective
    • 目的語で使う(正式用法で本来の oblique
    • 補語 SVC では使わない

いかがでしょうか?

いかにラテン語や古英語に由来する「格」が機能しないか分かっていただけると思います。

それだけでなく「人称代名詞」と「疑問代名詞」の使い方にすらバラツキが生まれている状況です。

現状では現代英語の代名詞を「格」の仕組みで説明するにはムリがあるんです。

実用面では、現代英語には「格」というより代名詞の使用法」という観点のほうが便利です。

そのため現代英語の「」を分析すると「」という視点を外したほうが良いとすら思えます。

ですが「格 case」を理解する意味がなくなったわけではありません。

ラテン語古英語の「格」の仕組み知っているだけで、現代英語にあわせたちょっとムリのある解説から冷静に距離を置くことが可能になります。

またこの世界にはドイツ語を代表として複雑な格変化を持つ言語はたくさんあります。

世界のいろんな言語を学びたい方も多いかと思います、というわけで・・・

“If that’s the case, it might not hurt us to take a glimpse of the grammatical case for just in case!!”

・・・というヘタな英語で締めてみようと思います。ここまでありがとうございました!

ちょっとユニークな英語塾

志塾あるま・まーたは英語が苦手が困っている人が、英語を明るく楽しく学べるオンライン英語塾です。

塾長が高校を半年で中退後に、アメリカの大学に4年間留学して習得したゼロから始めて世界で通用する英語力の習得法をみなさまにお伝えしています。

英語の仕組みを正しく見切る「統語論文法 Syntax」そして意味や文脈を正しくとらえる「意味論文法 Semantics」を柔軟に組み合わせて英語への理解力を育てていきます。

またラテン語を中心としたヨーロッパ系言語に共通する知識や考え方を英語学習に採用しているので、フランス語ドイツ語などの学習にも応用できます。

そして「古英語 Old English」や「中英語 Middle English」を経て、現代英語に至るまでの、英語がたどってきた歴史にも視点を向けることで、英語を重層的に理解するお手伝いをいたします。

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