古英語に由来する代名詞 thou thy thee thine を解説

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英語になじんでくると、広く深く英語の世界を冒険してみたくなってきます。

日本語にも古文や漢文がありますが、古い表現は英語にも当然あります。

その代表的なものが「thou(汝、そなた)」です。

日本の学校では習わないものの、英語版のゲームなどの太古の碑文や古文書などにはよく使われています。

海外ドラマでも歴史や中世ファンタジーがテーマの作品ではそこら中に登場します。

「thou」のような表現をつかうと「古風で堅いイメージ」を出せるのでしょう。

それでは、そんな代名詞の一覧をさっそく見ていきましょう。

代名詞 thou thy thee thine

  • thou:汝は、汝が(主格)
  • thy:汝の (所有格:所有限定詞)
  • thee:汝に、そなたに (目的格)
  • thine:汝のもの、そなたのもの (所有格:所有代名詞)
Thou - Wikipedia

これらは「you / your / you / yours」の古く堅い表現です。

ヨーロッパ系言語の代名詞は「私」を中心とした会話を前提に使用されます。

そのため「あなた you 」を使う場合は「私 ⇒ あなた」の呼びかけなので、会話の登場人物は2人です。

そのため文法用語では「2人称代名詞 second person pronoun」といいます。

現代英語では「you」が「あなた / あなたたち」という単数複数の両方を担当します。

それゆえ現代英語では「you」が「あなた」「あなたたち」になるかは文脈判断になります。

というわけで、現代英語より数百年ほど古い英語(Early Modern English 初期近代英語)での使い分けを見ていきます。

二人称単数 2nd Person Singular

  • わたし(1人称単数)「I my me mine
  • あなた(2人称単数)「thou thy thee thine

二人称複数 2nd Person Plural

  • わたしたち(1人称複数)「we our us ours
  • あなたたち(2人称複数)「ye your you yours

少し前まで単数の thou だけでなく複数の主格も ye が使われていました。

つまり you には「二人称複数の目的格(second person plural objective case)」の意味しかありませんでした。

いやはや you は大出世です!!

そのせいで私のような日本語ネイティブは英会話の時に「you って単数?複数?」などと悩むことになりました。

複数の you でわかりやすいのは複数表現とペアリングされているものです。

  • You two should stay here.
  • きみたち二人はここにいなさい。
    • 類似表現:you all (y’all) など
  • I will ask every one of you.
  • あなたたち全員に尋ねますよ。
    • 類似表現:each one of you など
  • Drop your weapons, both of you.
  • 君たちの)武器を捨てろ、君たち両方ともだ
    • 類似表現:either of you / neither of you など
  • You are smart children.
  • 君らは賢い子どもたちだな。
  • Are you friends?
  • 君らは友達同士かな?
  • You have to take care of yourselves.
  • 自分たちの面倒は自分たちで見ないといかんぞ。
  • Be yourselves.
  • 君たちらしくありなさい。

このように文法的に見切れるならいいのですが、そうもいかないときもあります。

リスニングだと “you two” は “you too” はほぼ区別がつきません。

  • You two, come with me!
  • 君たち2人、私と来るんだ!
  • You too, come with me!
  • 君も、私と来るんだ!

誰が誰に何をいっているのか?を状況と文法構造から瞬時に判断するのが英会話です。

和訳丸暗記や単語イディオムの詰め込んでもすぐに限界がやってきます。

的確な状況判断と文法構造の把握が、即座に英語を処理する大きな戦力になります。

もしかすると「you = あなた」と自動で脳内和訳していませんか?

英会話がしたい人は you の単数・複数を見分けるクセをつけてください。 

もし「you」の単数は「thou」に戻せば、そんな悩みはなくなるんですけど・・・。

そもそもなぜ「thou」を「you」に取り込んでしまったのか不思議でなりません。

というわけで「thou」が「you」に吸収されていく経緯を少し見ていきます。

単数 & 複数の you はローマ皇帝から生まれた

現代でもフランス語は「2人称の複数形を単数でも使う言語」になります。

この理由はもともとラテン語が公用語だったローマ帝国に関係しています。

二人称の単数・複数を英語・フランス語・ラテン語で比べてみます。

  • 初期近代英語:thou – you
  • フランス語:tu – vous
  • ラテン語:tu – vos

フランス語やラテン語の「二人称の複数形(あなたたち)」は単数形でつかうと「敬称」になります。

これはローマ帝国が東ローマと西ローマに分裂したことにさかのぼることができます。

ローマ帝国が2つに分裂した結果、東ローマ皇帝と西ローマ皇帝の2人が存在することになりました。

ローマ帝国と皇帝の話を詳しく知りたいかたはこちらをどうぞ。

ここから2人存在するローマ皇帝はたとえ「一人称(私)」であっても「we(我々皇帝)」と言っていました

それゆえ「我々皇帝」に対し「あなた方皇帝」という「二人称複数=敬称」が生まれました。

そのためラテン語では2人称単数への呼びかけに違いが生まれます。

  • 親しい間の呼びかけ(親称)⇒ 単数 tu
  • 敬意を示す呼びかけ(敬称)⇒ 複数 vos

そしてフランス語には現代でもこの使い分けが残っています。

ではその経緯を英語 Wikipedia から引用します。

In classical Latin, tu was originally the singular, and vos the plural, with no distinction for honorific or familiar. According to Brown and Gilman, usage of the plural to refer to the Roman emperor began in the 4th century AD. They mention the possibility that this was because there were two emperors at that time (in Constantinople and Rome), but also mention that “plurality is a very old and ubiquitous metaphor for power”.

「古典ラテン語では、(二人称代名詞の) tu はもともと単数形であり、vos は複数形であり、敬称や親称としての使用法との区別はありませんでした。 (社会心理学者)ブラウンと(シェイクスピアの研究者)ギルマンによると、ローマ皇帝を指す複数形の使用は4世紀に始まりました。 彼らは、これが当時(コンスタンティノープルとローマに)2人の皇帝がいたためである可能性について言及しているが、『権力を象徴する複数性は非常に歴史が古く、どこにでもみられる』とも述べています。」

T-V distinction – Wikipedia

この使いわけをラテン語の tu と vos の頭文字にちなんで「T-V distinction(親称 tu と 敬称 vos の区分)」と呼びます。

T–V distinction - Wikipedia

そしてこの「権力者による一人称複数」には特別な呼び方があります。

  • royal we:君主による一人称複数 “we”
  • majestic plural:「尊厳 majestic」の複数形

どちらも同じようにつかうので詳しくは英語 Wikipedia を参照ください。

Royal we - Wikipedia

この「尊厳」を意味する「majesty」は「王 / 王妃 / 女王」への敬称に使われます。

  • Your / His / Her Majesty: King や Queen への敬称
  • Your / His / Her Highness: Prince や Princess への敬称

このように「majesty ≒ royal ≒ 君主(王)」の構造が存在します。

ラテン語やフランス語だけでなく英語も昔は「thou 親称」と「you 敬称」の区別を持っていたんです。

In the grammar of several languages, plural forms tend to be perceived as deferential and more polite than singular forms. This grammatical feature is common in languages that have the T–V distinction. English used to have this feature but lost it over time, largely by the end of the 17th century.

「いくつかの言語の文法では、複数形は単数形と比べてより敬意や礼儀をよく強く示すものと認識される傾向があります。 この文法上の特徴は『T–V distinction』が存在する言語でよく見られます。英語はかつてこの特徴をもっていましたが、17世紀の終わりまでに時間の経過とともに多くは失われました。」

Royal we – Wikipedia

これが「you」がだんだんと「thou」に置き換わっていった経緯になります。

では thou が使われていた時代まで英語の歴史をさかのぼってみましょう。

聖書を読むと英語もわかる

英語で古く格式あるものとして一番有名なものは「聖書 the Bible」です。 

現代英語では you になっていても、聖書の中には「thou」や「thee」がたくさん出てきます。 

これは時代ごとに書かれた様々な聖書にはそれぞれの時代の英語の特徴が残っているからです。

なかでも「ジェームズ王訳」もしくは「欽定訳」とよばれる「King James Version (KJV)」は、いまでも格式ある文体として引用されることもとても多いので知っておいて損はしないと思います。

この聖書の King James Version シェイクスピアの文は初期近代英語 Early Modern English(EME)」の代表的な存在です。

厳密な定義は難しいのですが、初期近代英語は我々が知っている「現代英語」よりも 400~500年ほど古いものになります。

このブログで紹介する聖書も「近代英語」とされるものとご理解ください。

十戒 Ten Commandments

では、その聖書の中にある「God」との守るべき約束である「十戒 じっかい Ten Commandments」を見てみましょう。 

ちなみに日本語の読みは「×じゅっかい ⇒ 〇じっかい」です。

聖書にはユダヤ教の教えも含まれていて、十戒もカトリックやプロテスタントなど宗派によって中身や順番がすこし変わってきます。

とはいえ「God との約束」である点は変わりません。「欧米は契約社会」とよく言われるのもこれが理由です。

God の言いつけを守ることで、God に守ってもらうことになります。

信仰そのものが契約なんです。

これは神道、仏教、儒教がごちゃまぜになった文化圏で生きてきた日本人にはすこしつかみにくい考えです。

さて、話を十戒に戻します。

このブログで紹介するのはプロテスタントの十戒です。

(1) Thou shalt have no other gods before me.
(2) Thou shalt not make unto thee any graven image.
(3) Thou shalt not take the name of the Lord thy God in vain.
(4) Remember the Sabbath Day to keep it holy. 
(5) Honor thy father and thy mother. 
(6) Thou shalt not kill. 
(7) Thou shalt not commit adultery. 
(8) Thou shalt not steal. 
(9) Thou shalt not bear false witness against thy neighbor. 
(10) Thou shalt not covet anything that belongs to thy neighbor.

Ten Commandments – Wikipedia

たくさん「shalt」が登場しますが、ミススペルではありません。

二人称単数の「thou」が主語のときだけにつかう「shall」の変化形です。

ここですこし shall について寄り道をしてみたいと思います。

一人称 shall と 二人称・三人称 will

現代英語では will や shall と「助動詞 auxiliary verb」と習いますが、本来は助動詞とは「動詞の変化形を助ける動詞」という意味です。

不定詞や分詞を目的語にとる動詞を「助動詞」といいます。

そして will や shall などはより厳密には「話し手の認識」を意味する文法用語「法 mood」を意味することから「法助動詞 modal (auxiliary) verb」と呼ばれます。

昔の法助動詞はもともとほかの動詞と同じように、主語や時制に合わせて変化する性質がありました。

主語に合わせて変化し thou shalt になるのにはこのような理由があります。

ところが現代英語の法助動詞 will や shall などはもはや「動詞」として性質がほとんどなくなり「法 mood」を意味する専門の品詞になりつつあるます。

ところがドイツ語やフランス語で助動詞とよばれるものは「ほぼ完全に動詞」です。

現代英語の will や shall だけが「魔改造された助動詞」なんです。

現代英語の will や shall は「助動詞(助ける動詞)」と呼ぶことに無理が生じつつある、という事実は覚えておいてください。

Auxiliary verb - Wikipedia

では話を戻しまして・・・現代英語での shall は「義務・運命」を表す表現です。

そして will は「未来への意志」を意味するという区分が生まれています。

ところが昔は will と shall はほぼ同じ意味で「未来への意志・義務」を表す助動詞でした。

「未来への意志」を示すケースでは「一人称( I と we)」に shall を使い、それ以外は will と区別が決まっていました。

そのため現代でも “shall we ~ ?” や “shall I ~ ?” 勧誘・許可の一人称専用形として登場します。

実際に学校でも “Will you ~ ?” もあわせて習います。

ところが “Will I ~?” や “Shall you ~?” を勧誘・許可の表現として習わないのはこういう英語の歴史が背景にあります。

そして十戒では「二人称の thou」に向かって「義務」を命じる表現で使われています。

この will と shall の使いわけは英語 Wikipedia に詳しく解説があるのでご参照ください。

Shall and will - Wikipedia

日本の学校では shall はあまり詳しく習いませんが、聖書や契約文書などでは、山ほど登場します。

現代英語では「人の行動や物事のあり方を規定する」という shall の感覚を大切にしてください。

ではここから「十戒 Ten Commandments」に進みます。

(1) Thou shalt have no other gods before me.

汝はわたしのほかに神をもってはならない。』

キリスト教は一神教です。神様は一人しか認めません。

一神教がほかの宗教に排他的なのはここが根本的な理由です。

別の神が存在すると信じる者は偽物を崇める邪教の信者になります。

戦国時代にはキリシタンによる神社仏閣の焼き討ちなどが頻繁に行われました。長崎を中心とする九州は特にひどかったようです。

キリシタン大名で有名な高山右近は領土内でキリシタンによる神社仏閣への焼き討ちを秀吉にとがめられたのに対応策をとりませんでした。

それゆえ高山右近は追放になっています。一方でヨーロッパでは彼は「聖人 saint」に列せられています。

高山右近の行いはキリスト教的には正しいのかもしれませんが、多くの信仰が融合する日本では一神教のほうが異端になります。

秀吉も家康もこの一神教の排他性を非常に警戒していました。

自分たちだけが正しいと決めつけた信仰が、ここまで徹底的に日本とぶつかることになった理由も、日本人はよく知っておくべきだと思います。

(2) Thou shalt not make unto thee any graven image.

汝は汝に向けて、いかなる彫像(偶像)をつくってはならない。』

*前置詞 unto:現代英語では前置詞 for に近い表現

これが「偶像崇拝の禁止」に関連する項目になります。

十戒の中には graven image(彫像) の代わりに idol(偶像) を使用したバージョンも存在します。

とはいえ歴史の事実としては、信者の獲得や信仰対象を明確にするために、聖像や聖像画(icon イコン)がつくられていきます。

東ヨーロッパに基盤があった東方正教会(現在はロシア正教が中心)では「聖像画」がたくさんつくられました。

その理由は graven image という表現がポイントになっています。grave とは「彫る」という意味です。

それゆえ draw(描く)ものである「聖像画」は「絵画なので対象外!」という解釈になりました。

つまり十戒が禁止しているのは『彫像崇拝(graven image worship)であり偶像崇拝(idol worship)ではない!』という解釈です。

しかし、偶像崇拝禁止を徹底するイスラムに軍事的に圧倒されるようになると「聖像破壊運動 iconoclasm」が起こるようになります。

この「聖像破壊運動」はイスラムの脅威に対し、God との約束をより厳格に守ることで加護を得ようとするキリスト教徒による対抗措置でした。

15世紀ごろまではキリスト教国を中心とするヨーロッパは、イスラム圏(アラブ・トルコ)に軍事的にはほぼ一方的に守勢にまわっていました。

8~13世紀は「イスラム黄金期 Islamic Golden Age」とよばれ、イスラム圏がはるかに強大な力を誇っていて、キリスト教圏にも大きな影響を与えています。

アラブ世界の優位性が崩れるのが、さらに驚異的な軍事力を誇るモンゴルによる世界侵略です。

これによりイスラム圏から世界最高レベルの人材・知識・技術が西側へとながれルネサンスの下地へと変わっていきます。

西洋文明の軸が「ギリシャ ⇒ ローマ ⇒ イスラム ⇒ 西ヨーロッパ」という大きな流れを持つのはおさえておきたいところです。

(3) Thou shalt not take the name of the Lord thy God in vain.

汝は汝の神である主の名をみだりに唱えてはならない。』

よく「Oh my God!」と言わない方がいいとされるのはこれが理由です。

もちろん、これは英語圏に限らず、キリスト教圏共通です。英語では「goodness」や「gosh」などで代用します。

ちょっと古い言い方だと「By George!」もありますが、結局 “G” がかぶっていればいいんです。

これは下品な “f**k” を代用する表現でも同じです。

  • Freak you!”
  • “That’s frigging cool!”
  • “What the fudge?”

これらのように「f**k」と語感がにていれば何でも使えます。

英語の “G” と “F” でスタートする単語は、意味だけではなく、文脈と音も判断材料に加えてください。

(4) Remember the Sabbath Day to keep it holy. 

『安息日を心にとどめ、これを聖とせよ。』

God が世界を創造し、7日目に休まれたという聖書の最初に載っている「創世記 Genesis」の内容に由来します。

1週間が7日で日曜が休みなのはこれが理由です。

(5) Honor thy father and thy mother. 

汝の父母を敬え。』

(6) Thou shalt not kill. 

、殺す無かれ。』

(7) Thou shalt not commit adultery. 

、姦淫する無かれ。』

(8) Thou shalt not steal. 

、盗む無かれ。』

(9) Thou shalt not bear false witness against thy neighbor. 

、隣人に関して偽証する無かれ。』

(10) Thou shalt not covet anything that belongs to thy neighbor.

、隣人の財産を欲する無かれ。』

いかがだったでしょうか?

英語の表現や感覚にはキリスト教由来のものがたくさんあります。

キリスト教の基本をすこし知るだけで、英語ネイティブ感覚にちょっと近づきます。

母音つながる thine と mine はちょっと特殊

所有代名詞(所有目的格)の「thine」は十戒には登場しません。

ですが「thy」と「thine」には特殊なルールがあります。

さっそく例文をみていきましょう。

  • Follow thy heart.
  • 汝のこころに従え
  • Follow thine own heart.
  • 汝自身のこころに従え

違いがお分かりいただけますか?

実は母音(a, i, u, e ,o)につながる所有格は thy ではなく thine になります。

「thy heart」と「thine own heart」の違いですね。細かい!

このような表現はかの有名なイギリスの作家、ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)の作品にも使われています。

では代表作である「ハムレット Hamletの一節をみていきましょう。

To thine own self be true, and it must follow, as the night the day, thou canst not then be false to any man.

『自分自身に真実(誠実)であれ。夜が昼に従うように、真実であれ。それならば誰に対しても偽り(不誠実)にはなり得ない。』

Act I Scene III of Hamlet by William Shakespeare

実際に thine own となっています。

ちなみに canst とありますが、 thou に対応する「法助動詞 can」の変化形です。

shall と同じく can も元々は「方法を知る」という意味の動詞なので主語により変化します。

実はこの「thine +母音」のパターンは一人称 mine にも適用されます。

つまり母音につながる場合は所有限定詞(所有格)の mine も存在していました。

続いて mine の例文もシェイクスピアの「ベニスの商人 the Merchant of Venice」から引用いたします。

“He hath disgraced me and hindered me half a million, laughed at my losses, mocked at my gains, scorned my nation, thwarted my bargains, cooled my friends, heated mine enemies – and what’s his reason?”

『彼は私に恥をかかせ、50 万(お金)の損失を与え、私の損失を笑い、私の利益を嘲り、私の国を軽蔑し、私の取引を妨害し、私と友人たちの仲を引き裂き、私の敵を焚きつけた。それで彼に(そうするだけの)どんな理由があるというのだ?』

The Merchant of Venice (Act 3 Scene 1)

まず hath は三人称単数現在形 has の古いスペリングです。同じく does にも doth のように “th” が使われていました。

最後だけ mine enemies になっています。thine と同じで、母音に対して mine の所有格が使われています。

ここではシェイクスピアを取りあげましたが、聖書(King James Version)にも mine と thine の所有格はよくでてきます。

最後に引用文の内容についてですがこれはユダヤ人商人のシャイロックがキリスト教社会から受けた仕打ちに対する独白になります。

キリスト教とユダヤ人差別との関連については次のブログを参照ください。

主の祈り Lord’s Prayer の文法解説

ブログを読んで頂いた方から、十戒だけでなく「Lord’s Prayer 主の祈り」にも thy や thine が使われていると教えていただきました。

戦国時代のキリシタン用語では「ぱあてる・のすてる(ラテン語の Pater Noster)」といって「みなでよく唱えた」と宣教師のルイス・フロイスの報告書に書かれています。

昔はカトリック教会ではラテン語で書かれた聖書だけが「正統」と認められおり、翻訳が禁止されていました。

ですので当時のカトリック系のイエズス会宣教師が日本で使ってキリシタン用語にはラテン語がでてきます。

【 でうす・ぱあてる 】
・Deus Pater(ラテン語)
・God the Father(英語)
・父なる絶対神
【 さるばとーる・むんぢ 】
・Salvator Mundi(ラテン語)
・Savoir of the World(英語)
・救世主 ≒ キリスト

ラテン語の mundi は「属格 genitive case」といって名詞を修飾するための「mundus 世界(単数の男性名詞)」の変化形です。

属格を使った一般的な表現だと「紀元後」を示す A.D. (Anno Domini) があります。

domini は英語で「lord(主=God)」を意味する「dominus(単数の男性名詞)」の属格になります。

また淡路島で発見された恐竜ヤマトサウルス・イザナギィの学名には Izanagii がついています。

淡路島はイザナギノミコトによる国生み神話の地であり、淡路國一之宮は伊弉諾神宮です。

学名はラテン語式にする決まりなので Izanagi に属格を作る「i」が追加されて Izanagii となります。

ただラテン語の名詞の格変化はとてもバリエーションが豊富で、男性名詞・女性名詞・中性名詞そして単数・複数の区別によって別の形もあれば、形がかぶるパターンもあります。

一方、現代英語は単語の変化形が少なくなっているので、覚えることが少ないです(英語を第2言語で運用している身としては感謝、感謝!)

ラテン語の格変化を詳しく知りたい方は英語 Wikipedia でご確認ください。

Latin declension - Wikipedia

では話を戻して、主の祈りをご紹介したいと思います。

この「主の祈り」はクリスチャンの方たちには一般的によく唱えられる内容で、海外ドラマでもよく目にします。

「主の祈り」はキリスト教の中の教派によって様々なバージョンが存在します。

今回は Wikipedia に載っていて、いまでもよく使われる King James Version を使用します。

Lord's Prayer - Wikipedia

海外ドラマなどでもこの例文のような古いバージョンのほうをはるかによくみるので知っておいて損はしないと思います。

Our Father which art in heaven,
Hallowed be thy name.
Thy kingdom come,
Thy will be done in earth,
as it is in heaven.
Give us this day our daily bread.
And forgive us our debts,
as we forgive our debtors.
And lead us not into temptation,
but deliver us from evil:
For thine is the kingdom,
and the power, and the glory,
for ever. Amen.

Lord’s Prayer – Wikipedia

thy や thine がたくさんでてきます。

それよりなにより、文構造がわかりにくいのではないでしょうか?

現代英語の文法では通用しない部分があるので解説も追加していきたいと思います。

和訳はカトリックの文語訳を Wikipedia より拝借しています。

(1) Our Father which art in heaven, hallowed be thy name.

(天にましますわれらの父よ、願わくは御名の尊まれんことを、)

be動詞 art

art は thou に対応する be動詞です。thou art のように使います。

白雪姫 Snow White の有名なセリフにもあるのでご紹介します。

“Mirror, mirror on the wall, who’s the fairest of them all?”

Thou, O Queen, art the fairest in the land.”

Snow White

「芸術」を意味する art と同じスペルなので注意が必要になります。

芸術は「ラテン語」が語源で、be動詞の art は「ゲルマン語」が語源になります。

art - Wiktionary

God を意味する Father

Father が大文字ですので特別扱いで、「父なる主」で God のことです。同様に「Son」で「子なるイエス」です。

God は男性で三人称単数なので、主格の代名詞は He になります。

ところがここでは呼びかけなので「二人称単数 thou」に対応して art が使われていると思います。

仮定法現在をつかう祈願文

そして hallowed be thy name は倒置になっている「祈願文」です。

英語の祈願文は「まだ起こっていないこと」なので「仮定法(subjunctive)」で表現します。

これは英語の先祖に当たる「ゲルマン祖語」の段階で「祈願法 optative mood」が「仮定法 subjunctive mood」に取り込まれたことが由来です。

Old English subjunctive - Wikipedia

仮定法を表す動詞の形には「現在」と「過去」の2種類があり、英語以外のフランス語やドイツ語などでは「接続法 subjunctive」という用語が一般的です。

むしろ仮定法は日本の英文法でしか使わない用語にしか思えないのですが、一般的な使用法にあわせてここでは「仮定法」をつかいます。

現代英語では「仮定法現在」はほぼ定型表現でしか使われなくなっていますが、フランス語やドイツ語、近代英語では当然のように使われています。

実は「祈願文 request」は「命令法 imperative mood」と近いもので、英語では「仮定法現在」も「命令法」も「動詞の原形」を使用します。

フランス語は「命令法」には「直説法」と「接続法」のいずれかの動詞の形を使用します。

エスペラント語は「命令・祈願・勧誘」はすべて同じ形で「volitive mood(意志法)」を使用します。

実は日本語も似たような感じでつかえます。

  • たのむ!手伝ってくれ!(命令)
  • たのむ!宝くじあたってくれ!(祈願)

この動詞の原形をつかった「祈願(仮定法現在)」は現代英語では減っているものの決まったフレーズとして残っています。

  • God bless America!
  • God よ、アメリカを祝福したまえ。

そしてイディオム扱いを受けがちな “So be it.” や “Be that as it may.” も昔はふつうの用法でした。

 (2) Thy kingdom come.

(御国の来たらんことを、)

ここも come が原形なので「祈願文(仮定法現在)」です。

主の祈り(Lord’s Prayer)の中で使われている「命令法(祈願文)」は、原典となったギリシャ語の聖書では「アオリスト命令法」と呼ばれているものようです。

私は詳しくはないので参考知識で留めておいてほしいのですが、ギリシャ語の動詞のアオリスト形は「完結相 perfective aspect」といって「行動が完結する(一回切り、もうやっていない)」という意味を表します。

英語の「完了」のように「継続」も示すことができる完了相 perfect aspect とは違うので注意ください。

ギリシャ語の「命令法 imperative mood」には「現在」と「アオリスト(完結相)」の2種類があります。

  • 現在+命令:その動作を継続する
  • アオリスト(完結相)+命令:その動作を完結させる

このような違いがあり「God の御国が実現しますように!」という祈りを込めたニュアンスがギリシャ語にはあるようです。

(3) Thy will be done, on earth as it is in heaven.

(御旨〔みむね〕の天に行わるる如く、地にも行われんことを。)

一見、簡単そうですが thy will be の will は法助動詞ではありません。

thy は「所有格(所有限定詞)」であり your と同じ使い方になります。

そのため thy は名詞を説明する必要があり、御旨(みむね)となっているように「God の意志(God’s Will)」という意味です。

God の意志(thy will)が 「be done(なされる) 」ようにという祈願文です。

そして as it is (done) in heaven の省略も見落とさないようにしないといけません。

こちらは as it is といって動詞が直説法現在形つまり「事実(天国では実際にそうなっている)」として表現されています。

(4) Give us this day our daily bread;

(われらの日用の糧を今日〔こんにち〕われらに与え給え。)

ここは中学でもよく見る「動詞の原形」でスタートする「命令法」です。

主語の you が省略されているだけで God(≒ you)に対する「願いや希望」を直接、表現している感じです。

さきほどの繰り返しになりますが「命令法」といっても話し手の意図は「祈願文」とあまり違いがありません。

なぜなら厳密には「命令法」というのは「二人称 you」に対してつかう文法用語だからです。

たとえ意味や文法がほぼ同じでも、主語が「三人称 he she it」になると「命令法 imperative」という用語は避けられがちです。

そして「命令 imperative」代わりに「祈願 optative」もしくは「指示 jussive」を使う傾向が高まるようになるだけなんです。

これらを使わずにあえて「三人称命令法 third person imperative」という多少ムリヤリな用語を使う場合もあるので注意が必要です。

英語の文法用語であってもゆるぎない定義が確立しているもののほうが少ないので「文法解説する側の視点や解釈が大いに用語選定に影響する」という豆知識を覚えておいてください。

(5) and forgive us our trespasses, as we forgive those who trespass against us;

(われらが人に赦す如く、われらの罪を赦し給え)

ここは現代の英文法でわかる構造です。 

(6) and lead us not into temptation, but deliver us from evil.

(われらを試みに引き給わざれ、われらを悪より救い給え。)

temptation は「試み」となっています。

これは the Devil(サタン)がアダムとイブをだましたことと、イエスにも同様に God への信仰を試すための「誘惑 temptation」を行ったことが元になっています。

日々の生活で信仰が揺らぐような試練になりませんようにということです。

(7) For thine is the kingdom, and the power, and the glory,
for ever. Amen.

(国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン。)

この for は接続詞的につかい「理由」を意味することができます。

そして、この文のように for の前で文章をいったん切って使うことも可能です。

for thine で前置詞句として解釈しないように注意して下さい。

和訳を見ると、主語は thine でとるより倒置による「補語」のほうが適切のようです。

“For thine is the kingdom, and (thine is) the power, and (thine is) the glory,
for ever.”

注意点としては the kingdom と the power と the glory をまとめて複数主語にすると is と整合がとれなくなります。

このようにコンマと and で区切られているので、一つ一つ補って意味をとるのが正解だと思います。

なんと現代でも「古い英語」が生まれている?

いかがだったでしょうか?

英文の構造にかなり面食らった方もいらっしゃったのではないでしょうか?

私もこういう英語は非常に苦労しています。

実は「古文」的な英語は現代でも作られています。中世ファンタジー世界が舞台になっているゲームなどでは「古い英語」が会話文に普通に登場します。

聖書やシェイクスピアだけがちょっと昔の英語を使っているわけではなく、現在も「古めかしい英語」の文章が増えているのが面白いところです。

私が経験した中では「ファイナルファンタジータクティクス(リメイク版)」と「ファイナルファンタジー12」がかなりの難易度が高いです。

ということでゲームをネタに古語に特化して記事も書いています。

実は奥深い代名詞

おそらく thou / thy / thee / thine はニュースや日常会話ではほとんどでてこない表現です。

ですが歴史や伝統や宗教に触れるケースではよく目にします。

「英語で視野を広げる」というのはとても大切です。

でも、それはただ「海外旅行」や「留学」をすればいいということでもないと思います。

日本にいたとしても歴史、文化、信仰をテーマに「英語を深く探ってみる」と新たな発見がたくさんあると思います。

ちょっとユニークな英語塾

志塾あるま・まーたは英語が苦手が困っている人が、英語を明るく楽しく学べるオンライン英語塾です。

塾長が高校を半年で中退後に、アメリカの大学に4年間留学して習得したゼロから始めて世界で通用する英語力の習得法をみなさまにお伝えしています。

英語の仕組みを正しく見切る「統語論文法 Syntax」を使うので、シンプルなのに素早く、正確に英語が理解できます。

また現代文・小論文の対策なども、アメリカの大学で採用されている論理的思考力批判的思考(logical and critical thinking)のトレーニングを基準にして行っています。

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