英文法を学ぶとこんな解説に出会いますよね?
- It seems to A that SV.
⇒ AにとってはSVに思える
実際に使ってみると・・・
It seems to me that he knows the truth.
⇒ 私には彼が真実を知っているように思える。
なんだか、ちょっと回りくどい言い方にみえます。
ところが、中世のイングランドではこんな言い方をしていたんです👇
Methinks that he knows the truth.
⇒ 私には彼が真実を知っているように思える。
一見しただけだと――
- 主語 ⇒ 私が(me)
- 動詞 ⇒ 思う(think)
――とも解釈できそうですが、現代英語の I think とは意味も構造も違うんです。
なんと、この methinks は――
「与格主語(dative subject)」といって古英語によくある文構造なんです!
ここでいくつもナゾが生まれてきます:
🤔methinks がなんで It seems to me に変わったんかな?
それに――
🤔主格の “I” を主語にせんでもエエんかな?
そして――
🤔そもそも「与格」ってなにもの?
・・・などなど、ナゾは尽きません!
しかしなんと methinks というたった1語には、中世の英語と現代英語の決定的な違いが詰まっているのです!
ではこれから methinks をめぐる英語のナゾ解きの旅に出かけましょう!
➡️与格ってなに?
言語学において「格(case)」とは「名詞が変化する形」のことです。
ところが現代英語では代名詞だけが変化します。
そのため格については――
- 主格(I, she, he, we, they など)
- 目的格(me, her, him, us, them など)
――ぐらいしか意識しない思います。
ですが、英語の格は歴史の中で大きく変化しています:

もともと、古英語(Old English)や他のゲルマン語の仲間では、目的格がさらに2つに分かれていました:
- 対格(accusative)
⇒ 直接目的語(〜を)を表す- 与格(dative)
⇒ 間接目的語(〜に)を表す
では実際にどんなものか見てみましょう!
現代英語の代名詞 “he(男性形)” は古英語ではこうなっていました:
- hē(主格)
- hine(対格)
- him(与格)
次に現代英語の代名詞 “she(女性形)” をみてみましょう:
- hēo(主格)
- hīe(対格)
- hire(与格)
もともと対格と与格は同じ形のパターンも多く、そこから徐々に形を変えつつ、最終的に1つの形(目的格)にまとまっていきました。
🔗古英語と現代英語の格についてはこちらを参照ください👇
与格は「行動の受け手」を意味していた
現代英語で「間接目的語」と聞くと「~に」が思い浮かぶと思います。
She gave me a book.
(彼女は私に本をくれた)
つまり動詞の「受け手(recipient)」を意味します。
ところが古英語の与格の場合は「主語の位置」に来る文が存在しました。
ムリヤリ英語にするとこんな感じです:
- “Me” is easy to do it.
⇒ 私にとって カンタン それをするのは。
これを「与格主語(dative subject)」といいます。
現代英語の「主語」との違いをみてみましょう:
✅主格主語 ⇒ 行為をする人(”I”)
☑️与格主語 ⇒ 感覚や経験を受ける人(”me”)
さきほどの methinks も『me(与格)+ thinks(動詞)』に分かれていました。
そして古英語だとこうなります👇
- Me þyncþ(≒ methinks)
⇒ 私には 思える
古英語の動詞 þyncan は現代英語の think の語源ですが2つの意味がありました:
- (~は) 思う ⇒ 現代英語と同じ
- (~には)思える ⇒ 与格主語をとり “seem” と近い意味!
🔗古英語の動詞 þyncan については英語 Wiktionary を参照ください👇
古英語は V2語順だった
ここで注目してもらいたいのは “methinks” の動詞の形です。
そう、この “-s” はなんと――『3人称単数現在形』の語尾なんです!
つまり me が「主格主語(動作を行う主語)」ではなかったことを示しています。
実際に古英語の場合は――
- Him thinks that SV.
- Them thinks that SV.
そして過去形なら――
- Him thought that SV.
- Them thought that SV.
……といった言い回しも、当時は文法的に可能だったのです。
ではなぜ現代英語ではあり得ないことが可能だったのでしょうか?
そのカギこそ――
🗝️ゲルマン語の特徴である V2語順(verb–second word order)
――にあります!
ここで注意点ですが…
📌V2語順では「定形動詞(finite verb)」が基準となります!
この定形動詞とは「主語や時制で形が定まる動詞」です。
カンタンなので実際に例を見てみましょう:
- I am here.
- We are here.
- You have it.
- You had it.
🔗定形動詞(finite verb)についてさらに知りたい方は、こちらの記事をどうぞ👇
つまり古英語では「主語 ⇒ 動詞 ⇒ 目的語(SVO語順)」という並びではなく――
✅定形動詞が常に2番目に来れば文が成立しました!
だからこそ主格主語がなくても――
“me” や “him” といった「与格」を文頭に置き、定形動詞の位置が2番目にあればよかったんです!
そのため古英語では――
💡「動作を行う主語(主格主語)」ではない「動作の受け手の主語(与格主語)」を立てる!
――――という現代英語から見るとちょっとヘンな文が成立していたわけです。
だだしこれは古英語だけでなく、ゲルマン語のグループにかつてよくみられた特徴なんです。

そのためドイツ語は今でも「与格主語+V2語順」を使います。
実はこの V2語順は現代英語にもちょっとだけ残っているんです:
- 疑問詞の文
⇒ “Who is he?” - 存在の there 文
⇒ “There are two cats here.”
・・・などなどほかにもありますよ!
🔗英語のV2語順についてさらに知りたい方は、こちらの記事をどうぞ👇
シェイクスピアも愛用した “methinks”
現代英語では与格主語はなくなってしまいました。
それなのになぜ methinks が現代英語に近いスペルのまま残っているのでしょうか?
その理由は――
📜シェイクスピアをはじめ多くの偉大な作家が methinks を頻繁に用いたから!
Wiktionary の methinks の記事によると、シェイクスピアはこの表現を少なくとも150回使っているようです。
例えば――
The lady doth protest too much, methinks.
Hamlet, Act 3, Scene 2
(その女性は否定しすぎだと、私には思える)
さらに――
methinks the truth should live from age to age,
Richard the Third, Act 3, Scene 1
(私には、真実が時代を越えて生き続けていくように思える)
このようにして methinks だけは、初期近代英語においても文学的・文化的な重みを持つ “古風な英語”として辞書にも残ることになりました。
しかし、ほかの与格主語は It seems to A that SV へと置き換えられていくことになります。
では、この転換が起きた理由に進んでいきましょう
❓なぜ methinks は it seems to me になったのか?
古英語では与格主語はまったく自然な文でした。
ところが中英語から初期近代英語にかけて――
次の3つの大きな変化が同時に進みます:
- 与格と対格の違いが消えて目的格が生まれた!
- V2語順からSVO語順へ移行した!
- 形式主語 it の使用が一般化された!
ではそれぞれ詳しく見ていきましょう。
① 格変化の消失
古英語では与格と対格は形で区別されていました。
しかし中英語に入ると、与格と対格の差が消えて「目的格」として一つの形にまとまります。
その結果、
✅文頭に「目的格」を置くことに違和感が生まれる
✅文頭は「主語(主格)」を置くという意識が強まる
✅与格は 「前置詞(for や to)+間接目的語」に置き換わる
――という文法の変化が生まれました。
中英語の時点で、すでに与格主語の構造は珍しいものになっていました。
② SVO語順の固定化
古英語やドイツ語では V2語順(V2 word order)が基本の語順です。
そのため「定形動詞(finite verb)」が2番目の位置にありさえすれば、文は成立しました。
しかし英語は中英語の時代に SVO語順が定着していきます。
そうなると――
🧐定形動詞の前には主格主語が来るのが当然である!
――という文法的な圧力が強まります。
中英語に起きたことは、名詞の役割を決める方法を――
🗝️格の変化パターンではなく、SVO語順に当てはめるシステムに移行した!
そうなると「与格を主語に置く」という自由度が失われます。
③ 形式主語の it の登場
これまで与格主語を使っていた文には、主格主語がありませんでした。
さらに与格は to me や for me に置き換わっています。
そうなると与格主語の位置に置く「主格主語」を新たに生み出す必要があります。
そこで登場するのが――
👤形式主語の it (dummy subject) なんです!
形式主語の it は古英語の時代にはほとんど使われていませんでした。
天気の動詞(rain など)の形式主語 it も、古英語に時代には必要なかったんです。
なぜなら「主格主語が必要だ!」という理由がなかったからです。
それでは methinks を「形式主語 it」を使って書き換えてみます:
Methinks that she should be right.
⇒ It seems to me that she should be right.
このように――
💡与格主語 ⇒ 主格主語(形式主語 it)に置き換えられた!
これなら現代英語でよく見ますよね?
つまり形式主語を入れることで・・・
✅形式主語 it が主格主語を担当する!
✅与格(me)は to me として後ろに置く
✅現代英語の SVO語順にできる!
という目的が達成できるんです!
このように methinks からは――
- 格変化の消失
- SVO語順の固定化
――という英語に起きた2つの歴史的な潮流を学ぶことができます。
しかしさすがの methinks も時代の流れには逆らえず、シェイクスピアの時代を最後の輝きとして姿を消していったのです。
🍺ドイツ語に残る与格主語
与格主語は現代英語からは失われてしまいました。
ところが――
💡現代ドイツ語では与格主語が現役で使われています
しかもそれは日常会話から文学まで、ごく自然な表現です。
ではドイツ語の格を一人称単数の代名詞(私)でみてみます:
- 主格 ⇒ ich(私は)
- 与格 ⇒ mir(私に)
- 対格 ⇒ mich(私を)
さらにドイツ語には methinks と全く同じ文構造があるんです!
✅ Methinks ~(英語)
☑️ Mir scheint ~(ドイツ語)
⇒ 私には~と思える
ここで mir は人称代名詞の与格で、動作の受け手(Experiencer)を表しています。
ドイツ語が与格主語を持っている理由はカンタンです:
- 格変化を維持している
- V2語順を維持している
ちなみにドイツ語では与格主語を形式主語もどちらも使えます!
では形式主語 es(英語の it) で置き換えるケースをみてみましょう👇
- Mir ist kald.
ムリヤリ英語 ⇒ “To me” is cold.- Es ist mir kald.
ムリヤリ英語 ⇒ It is “to me” cold.
この文章は、現代英語では主格主語で “I am cold.”と表現できます。
でもドイツ語では大きな違いが生まれます:
- 与格主語:Mir ist kald.
⇒ 私にとって冷たい(≒ 私は寒い)- 主格主語:Ich bin kald.
⇒ 私は冷たい(≒ 私は冷淡だ)
このようにドイツ語の中に古英語を雰囲気をすこし感じることができるんです。
ここまで読んで頂いた皆さん、ありがとうございました😌
まさか methinks なんて英単語があったなんて驚きですよね?
よくよくみると日本語とも似ているんです👇
- methinks = 私には~思える
- methought = 私には~思えた
どうでしょう?意味も語順もそっくり!
😲おっ!昔の英語って日本語とも意外と似てるやん!
――なんて英語の歴史にちょっと興味が湧いてきませんか?
もし「昔の英語も勉強してみようかな!」なんて思ってもらえたら――
😉My thought exactly!
(それこそ私の考えてたことなんです!)
ではまた、別の記事でお会いしましょう🫡
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