日本語で「正義」に対応する英語として、多くの場合 justice が挙げられます。
では、ここですこし深く考えてみましょう。
- 戦争中の殺人は「正義(justice)」でしょうか?
- 不公平な社会制度を正すための暴力は「正義(justice)」でしょうか?
この問いに答えるのが難しい理由は、
「正義」という言葉の中に「2つの正しさ」が宿っているからです。
また英語には justice とは別に、
✨righteousness
(人としての正しさ)
という言葉があります。
この2つは、似ているようで、判断の基準がまったく異なります。
そして、この「2つの正義」の違いを鮮明に見せてくれるのが、
日本の歴史的事件「赤穂浪士討ち入り事件」を題材にした『忠臣蔵』です。
では、忠臣蔵の物語へ進む前に、
まずは英単語 justice と righteousness の違いから見ていきましょう!
⚖️Justice|法による正しさ
まず justice が扱うのは、個人の感覚や納得ではなく、
『公平な社会を成り立たせるための正しさ』です。
✅ justice ⇒ 公平さを守ること
(🧬ラテン語 jūstus(公正な・法にかなった)に由来)
https://en.wiktionary.org/wiki/justice
ラテン語を公用語としていたローマ帝国は、
広大な領土と多様な民族を統治するために、法律による一貫した公平性を非常に重視しました。
この「法による正しさ」の発想が、
英語を含む西洋文化圏で共有される justice の基盤になっています。
そして justice は「ちょうど、まさに」を意味する just とも関連しています。
そのため、形容詞 just には、次のような意味合いがあります。
- That was a just decision.
⇒ それは公正な決断だった。- Your action was just.
⇒ 君の行動は正当だった。
ここで示されているのは、善悪の感情ではなく、
『公平さ・妥当さ・正当性』です。
この意味から日常的な用法へ派生して、副詞 just には
- ちょうど
- まさに
- ただ
といった意味が生まれました。
また、同じ語源を持つ動詞 justify(正当化する)も本来は、
『法や基準に照らして正当であると示す』という justice に近い意味があります。
司法・最高裁判事・Lady Justice
justice の意味の中心は、個人の感情とはかなり距離があります。
- 社会全体にとって公平か?
- 法律やルールは守られたか?
- 既存の制度から見て例外にならないか?
このような特徴は justice の日本語訳である「司法・法務」をみるとよく分かります。
🏛️司法省:Department of Justice
🏛️法務省:Ministry of Justice
また英語圏では一般に判事は judge ですが、
最高裁になると…
✅最高裁判事:Supreme Court Justice
(📌役職の意味では “J” は大文字です。)
となります。
ここでの Justice は「正義感の強い人」や「道徳的に正しい人」ではありません。
『法を代表して判断を下す役割』を持つ Justice(役職)を表します。
また法を司る象徴である Lady Justice(正義の女神)は、ローマの女神ユースティティア(Jūstitia)がモデルになっています。
そしてその像の特徴には、次の3点があります。
- 天秤(公正で客観的な評価)
- 剣(法による秩序回復のための制裁)
- 目隠し(私情を放棄した公平性)
つまり justice が守ろうとするのは「人の心」というよりも「秩序(order)」になります。

ここまで来ると、いくつか疑問が浮かんできます。
- 法として正しければ「正義」なのでしょうか?
- 理不尽な法律が作られたら、従わなければならないのでしょうか?
この疑問に応じて生まれるのが、
「もう一つの正義」である righteousness です。
🛡️Righteousness|人としての正しさ
ここから「正しさ」は人の心の内側と入っていきます。
まず「正義」を意味する名詞 righteousness の語源を形容詞 righteous から見てみましょう。
🧬righteous の語源:古英語の rihtwīs(正しい+あり方)
https://en.wiktionary.org/wiki/righteous
⇒ 16世紀頃に bounteous(心が広い、寛大である)の語尾を受け継ぐ
このように righteous は法律や制度よりも、人の心の中にある「倫理的・道義的な正しさ」を意味します。
そのため righteousness は、法律に関係なしに判断できます。
✅約束を破らなかった
✅弱い立場の人を守った
✅損を承知で誠実さを選んだ
これらは、必ずしも法律で義務づけられてはいません。
それでも私たちは、どこかで「それは正しい」と感じます。
その人間らしい感覚こそが righteousness の核になります。
「義」に近い righteousness
あえて日本語の感覚で言えば、
righteousness は漢字の「正・義」のうちの「義」のほうに近い言葉です。
では漢字の「義」という成り立ちを見ていきましょう。
🧬神にささげる生贄の「羊」と「我」
義|漢字一字|漢字ペディア
⇒ 本来のまっすぐな心(義)
そのため「義」も「righeousness」も
- 世のため人のため
- 利害を超えたまっすぐさ
- 損得を越えた行動
を意味します。
ただし注意したいのは、
人として正しくあろうとする姿勢は、ときに社会のルールと衝突します。
✅動機は正しい
✅行動も誠実
❌それでも「許されない」ことがある
2つの正義である righteousness は justice の難しさはここにあります。
ではここから、
この2つの違いを浮きだたせる日本史の大事件へと進んでいきましょう!
⚔️忠臣蔵にみる2つの正義
ここで2つの正義を並べてみます。
- justice
⇒ 社会を成立させるための正しさ - righteousness
⇒ 人として恥じない正しさ
この2つの違いがよくわかるのが江戸時代に起きた「赤穂事件(Ako Incident)」です。

後に演劇として広がる「忠臣蔵」の題材となった赤穂事件の概要を見てみましょう👇
1. 松の廊下での刃傷(1701年)
元禄14年3月14日、江戸城内の「松の廊下」にて、播磨赤穂藩主の浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)が、高家旗本の吉良上野介(きら こうずのすけ)に対して、突然刀で斬りかかるという事件が発生しました。
当時の将軍・徳川綱吉は激怒し、浅野内匠頭に対して即日切腹とお家断絶を命じます。一方で、斬られた吉良に処罰はありませんでした。
当時は「喧嘩両成敗」といってもめ事が起きれば、双方に責任があるとされていた中で、浅野内匠頭が一方的に斬りかかったことが、幕府のこの判断に大きく影響していました。
2. 赤穂浪士の決断
お家断絶により、主君を失い、領地も没収された赤穂藩の武士たちは、藩に属さない浪士となります。筆頭家老であった大石内蔵助(おおいし くらのすけ)を中心に、当初は、浅野家の再興を第一に願って活動していました。
ところがお家再興が叶わないとわかり、彼らは吉良に対する「仇討ち」を決意します。
3. 討ち入り
元禄15年12月14日の深夜、大石ら赤穂浪士四十七士が、本所(現在の東京都墨田区)にある吉良邸に討ち入ります。
激しい戦いの末、浪士たちは吉良上野介を討ち取り、主君・浅野内匠頭の墓所である泉岳寺の墓前にその首を捧げて報告しました。
そして当時の江戸の庶民は、主君への忠義を貫いた彼らを「義士」として熱狂的に支持しました。
4. 浪士たちの切腹
一方で幕府内では、彼らを「忠義の士として助けるべきか」それとも「法の秩序を乱した犯罪者として罰すべきか」で激しい議論が交わされました。
最終的に幕府は、武士としての名誉を重んじる形で、翌年2月に浪士全員に切腹を命じました。彼らは主君と同じ泉岳寺に葬られることになります。
では、ここから2つの正義を紐解いていきましょう。
四十七士の正義は忠義(loyalty)
江戸時代の武士社会では「主君への忠義」は重要視されていた徳でした。
その理由の一つに、江戸幕府が取り入れていた朱子学(Neo-Confucianism)があります。
儒教(Confucianim)の一派である朱子学では、
「父と子」や「主君と家臣」といった固定された上下関係(上下定分の理)を重視します。
ここで四十七士の「忠義」の視点で赤穂事件を見てみると…
🔥主君・浅野内匠頭は吉良を殺すそうとしたが、殺せなかった。
⇒ 主君の意図が達成されていない。🔥本来の「喧嘩両成敗」のはずが、吉良に幕府から処罰が下らなかった。
⇒ 幕府の裁定は、主君へ対し公平ではない。
というように解釈されます。
それゆえ、吉良を討ち取ることで、四十七士は主君への忠義という正しさを貫いたことになります。
これは主君との関係に基づく「正義」つまり “righteousness” と言えます。
幕府の正義は秩序(order)
しかし一方で、
幕府の判断は、まったく別の「正義」に基づいていました。
- 私的制裁を禁じる
- 武力行使を統制する
- 例外を作らない
ここで問われたのは、主君と家臣だけの関係だけではありません。
⚖️幕府の判断に逆らった武力行使を、秩序を守るものとして許せるか?
まして赤穂浪士たちは、もともとはその秩序を守る側の武士でした。
このことを重く見た幕府が下した結論は、四十七士に切腹を命じるというものになりました。
英語で言えば、この裁定は共同体の秩序を守る justice と言えるでしょう。
四十七士も幕府もどちらも正しい
そもそも赤穂事件(忠臣蔵)の核心は「主君の仇討ちの成功」ではないんです。
問題はもっと深いところにあります。
忠義を優先すべきか?
それとも、秩序を守るべきか?
この選択こそが、忠臣蔵を長らく語り継がれる思想の物語たる所以です。
✅四十七士は 人として正しい
☑️幕府の裁定は 法として正しい
このように両方が正しいからこそ、様々な葛藤が生まれます。
忠臣蔵は righteousness と justice が真正面からぶつかった物語を我々に見せてくれているんです。
⭐Closing Thought
ここまでお読み下さった皆さん、ありがとうございました😌
忠臣蔵が示しているのは
- justice
- righteousness
この2つが社会の中に、矛盾を抱えつつも同時に存在するという現実です。
もちろん英単語の意味も、英語だけの閉じた世界で成立するわけではなく、
現実という荒波にもまれながら発展・進化してきました。
そして、現実と向き合って生きるのは、言語や時代に関係なくすべての人間の営みです。
✨It is not about right or wrong. It is about justice and righteousness.
(大切なことは善悪で切ることではなく、2つの「正しさ」を受け止めることやと思います。)
ではまた、別の記事でお会いしましょう🫡
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