――法による正義(justice)と心の正しさ(righteousness)はなぜ英語で分けられているのか?
忠臣蔵やキリスト教を手がかりに、日本語との違いを読み解きます。
英語で「正しい」という意味の英単語はいくつかあります。
もちろん、どれも別の言葉なので、実際にはすこしずつ違ったニュアンスを含んでいます。
それでは早速、見ていきましょう。
「正しい」を意味するいろんな英単語
right:(広い意味で使える)正しい
一般的に「正しい」という意味で使えます。
逆にあまりにひろすぎて文法的に見極めるのに苦労することもあります。
correct:(誤り、間違いのない)正しさ
“1+1=2” is correct.
“1+1=3” is not correct.
exact: (細かな部分まできっちりと)正確な
江戸城の位置座標: 北緯 35.6877° 東経 139.7547°
accurate:(精度が求める値に近い)正確な
狙い値は「10」で、結果は「9, 11, 8, 10, 9」
細かいところまで正確でなくてもよいです(≠ exact)
precise: (精度が)正しい
狙い値は「10」で、結果は「4, 4, 5, 4, 5」
精度が出ていれば、求める値から離れていてもOKです (≠ accurate)
「正義」は英語で justice か?
ここまでいろいろな「正しい」をみてきました。
それでは英語で「正義」はなんというでしょうか?
正義の英訳を検索すると「justice」が一番にでてきます。
Wikipedia の justice の記事をみてみると、このような説明になっています。
“Justice is the legal or philosophical theory by which fairness is administered.”
「justice は法的もしくは哲学的な理論で、それにより公平さが執行される、とするものである」
Wikipedia
つまり justice は「法による公平さの見地から正しさ」ということができます。
ですが、これはやはり法律関係のニュアンスの強い言葉です。
法律的な意味では Justice とは罪に対し相応の罰を与えることです。
法を司る「正義の女神 Lady Justice」は剣と天秤を掲げる女神です。

罪と罰がちょうど釣り合いが取れるように天秤にかけ、剣をもって刑を執行する、ということなのでしょう。
また日本語の「司法」も justice です。
- 司法省: Department of Justice (DOJ)
- 最高裁判事: Supreme Court Justice
最高裁 Supreme Court ではない場合の判事は Judge になります。
just と justice の意味
日常会話でよくつかう just には「ちょうど」「ただ」「まさに」という和訳がつかわれています。
この just も justice と同じ語源の言葉です。
just:物事がぶれずにきっちりと正しい
このニュアンスをもっておくと「ちょうど」「ただ」「まさに」などにも応用できます。
「ちょうど」
“This is just 5 dollars.”
「これは = ちょうど5ドル」
「ただ」
“He is just a kid.”
「彼は=ただの子供」
「まさに」
“This is just what I saw.”
「これは=まさに私が見たもの」
「公正だ」
“Your action was just.”
「君の行動は=正しかった」
すべての使い方で「物事が過不足なく正にそのもの」というイメージがもてますね。
ですが、この just や justice はやはり法律などの社会全体をとらえた「公平な正しさ」に焦点があります。
「世のため人のため、弱きを助け強きをくじく正義の味方」の「正義」とはニュアンスが違います。
英単語 righteousness の意味
人情やまっすぐな生き方を彷彿させる「正義」とはどのような英語でしょうか。
「倫理的、道義的な正しさ」という意味では righteousness(形容詞: righteous)があります。
もしかすると justice よりも righteousness の方が日本的感覚での「正義の味方」の「正義」により近いかもしれません。
ですが「人として正しいこと」は「社会で認められる公平さ」と必ずしも同じでないことがあります。
さてここからが本題!
この righteousness と justice の違いが忠臣蔵でも大きなテーマとなってきます。
忠臣蔵 47 Ronins にみる「正しさ」の区別
忠臣蔵といえば、赤穂浪士討ち入り事件(Ako Incident)が元ネタとなったよく知られているお話ですね。
主君・浅野内匠頭へ忠義のために四十七士が吉良上野介を仇を討ちますが、幕府の法に背いたことで切腹となります。
豆知識になりますが、自分のことに関する仕返しは「revenge」で、他人の仇を討つのが「avenge」です。
日本の人々は、そんな四十七士を讃え、歌舞伎や書物、映画、ドラマなどを通して現代まで語りつないできました。
忠義に殉ずるという実に日本的な忠臣蔵ですが、海外でも意外と知られています。
さて忠臣蔵が日本だけでなく世界でも人々を引き付けるのはなぜでしょうか?
死を恐れず忠義を実行した四十七士への敬意もあるでしょう。
それと同時に、「忠義」と「天下の法を守る」という「2種類の正義」をテーマとしていることも大いにあると思います。
忠義か、秩序か Loyalty or Order
そもそも江戸幕府が幕藩体制の維持のために奨励した朱子学では「主君への忠義」が非常に重視されました。
朱子学というのは儒教 Confucianism から発展した思想で、英語では Neo-Confucianism とも呼ばれています。
そのため、四十七士による仇討を賛美した助命論もすくなからずありました。
特に幕府のお抱えの儒学者の家系だった林羅山を始祖とする林家の林大学守は「助命論」をとりました。
しかし助命賛美論に対し、同じく儒学者である荻生徂徠(おぎゅうそらい)は「助命論」ではなく「浪士責任論」を主張します。
「天下の法」つまり幕府の秩序を一番に守るべき武士によるルール破りに対して浪士たちの責任を問うたのです。
陽儒陰法の中国
中国は古来より人としてのあるべき姿を語る「儒教」を理想としました。
現代の日本でも、一般的に儒教の教えを説いた孔子と弟子の対話集である「論語 the Analects of Confucius」の言葉はよく引用されていますね。
そして中国では同時に、「韓非子 かんぴし Han Feizi」が説いた法律による信賞必罰を重んじる「法家思想」もシステムとして導入します。
この2つを両輪として社会を運営しすることを「陽儒陰法」といいます。
これは「理想論としてはリーダーが人格を磨くことで人々の尊敬を受け、国を治めようとするが、実質的には法律による統治体制を用いる」という意味です。
そうなると当然ながら、儒教から発展した朱子学を導入した江戸幕府の見解も「忠義 VS 秩序」の2つの正義へと分かれたことは想像に難くありません。
結局、当時の赤穂事件の沙汰について、徳川綱吉は荻生徂徠の説を採用します。
つまり幕府として「道義 righteousness」よりも「法による公平さ justice」を重視したという結果になります。
三国志の「泣いて馬謖を斬る」というのも justice を厳格に適用したからでしょう。
心情的には四十七士の正しさを認めるが、処罰としては法を順守する、という2つの「正しさ」をめぐって揺れる思いが人々を引き付けるのではないでしょうか。
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