法律には大きく2つのタイプがあるのをご存じですか?
その2つはこう呼ばれます👇
✅Common Law(英米法)
⇒ 過去の判例からルールを導く(法の形成者)☑️Civil Law(大陸法)
⇒ 条文を事件に当てはめる(法の適用者)
と言われても、英語でも日本語でも正直ピンと来ないですよね?
でも大丈夫です!
この2つの違いは「難しい法律用語」というよりも…
イギリスとフランスの考え方の違いがはっきり表れているんです
それは何かというと…
🥪イギリスタイプの考え方
⇒ 抽象的な原理よりも具体的な事例が重視される。🥖フランスタイプの考え方
⇒ 抽象的な原理や整合性が重視される。
さらにその背景をたどっていくと、
ゲルマン人とローマ人という2つの社会までさかのぼっていきます。
この記事では、この2つの古代社会のモデルを手がかりに、
- 社会
- 法律
- 哲学
- 言語
にまで共通する「ルールの考え方」を整理していきます。
🔴社会|ゲルマンとローマ
――部族社会と帝国運営――
イギリスとフランスそれぞれの法律の考え方の違いは、
突然、近代の政治制度や国民性の違いから生まれたものではありません。
これを理解するカギになるのは、
ゲルマンとローマという、まったく異なる2つの「社会の作り方」です。
ゲルマン社会|部族で集まって相談
ゲルマン人たちは、もともと北ヨーロッパに自然のなかで人々の連帯を中心とした集落に住んでいました。
有名なヴァイキングは、ゲルマン人のなかでも北(スカンディナヴィア周辺)に住んでいたグループです。
そして古英語(Old English)を話していたアングロサクソン族もゲルマン人です。
✅ゲルマン社会では、国家よりも先に共同体が存在していました。
血縁や地縁でつながった部族が集まり、重要な決定は族長や長老たちの合議によって行れました。
ここでは、最初から「正しいルール」があったわけではありません。
- 過去にどう振る舞ってきたか?
- 以前はどのように解決したか?
そうした慣習や前例の積み重ねが、少しずつ「守るべきルール」として固まっていきました。
つまりゲルマン的な社会では、
- ルールはあとから作られる
- 正しさは現場の経験から立ち上がる
- 実際に起こった具体的な事例が重視される
という発想が自然に育っていたんです。
この「まず現実があり、後からルールが定まる」という感覚こそが、
後にイギリスの Common Law(英米法)を支える精神的な土台になります。
ローマ社会|巨大な帝国の構造
一方、ローマはゲルマン社会とはまったく逆の社会でした。
✅ローマは小さな共同体ではなく、広大な領土と多様な民族を抱えた巨大な帝国でした。
ローマの公用語はラテン語(Latin)でしたが、各地域のラテン語方言がロマンス語グループの原形です。
- フランス語
- イタリア語
- スペイン語
- ポルトガル語
- ルーマニア語
といったようにロマンス語を話す国をみるだけでもローマの領土が分かります。
その帝国を安定して運営するためには、
『解釈を地域や人によって、バラバラに変わるわけにはいかなかった』というわけです。
そこで必要になったのが、誰に対しても等しく適用できる共通ルールです。
こうしてローマでは、
法は文章として「書かれたもの」として保存され、体系的に整理された「法典」という形をとるようになりました。
この発想は、のちにヨーロッパ大陸で受け継がれ、フランスのナポレオン法典へと受け継がれていきます。
個々の判断よりも、その背後にある原理原則や整合性が重視されます。
つまりローマ社会では、
- ルールは最初に定められる
- 正しさは理性によって設計される
- 個別事例は原理の下に配置される
という発想が支配的でした。
この「先にルールを作り、そこから現実を整える」という態度が、
のちにフランスを中心とする Civil Law(大陸法)の原型となります。
ゲルマンとローマの違いの出発点
ここまで見てきたように、
ゲルマンとローマの違いは、単なる民族や地域の違いだけではありません。
それぞれの社会設計の中に、
- 小さな共同体をどう運営するか?
- 巨大な社会をどう統治するか?
という違いが存在しています。
そしてこの設計思想の差は法律の形だけでなく、
- 人間の思考のしかた(哲学)
- 言葉の扱い方(言語・文法)
にまで深く浸透していきます。
次の章ではこの2つの社会モデルが、
どのようにして英米法と大陸法という法体系として成立したのかを見ていきましょう。
🔵法律|英米法と大陸法
――Common Law と Civil Law――
前章で見たように、
- ゲルマン型社会(慣習・合議)
⇒ 英米法(Common Law) - ローマ型社会(成文・体系)
⇒ 大陸法(Civil Law)
というように、それぞれの特徴は具体的な「法律」として現れています。
英米法|使われてきた事例の集まり
英米法(Common Law)の最大の特徴は、
法の中心にあるのが、条文ではなく判例(precedent)という点です。
ある事件が起きたとき、裁判官はどう判断したか?
その判断が次の事件の基準となり、さらに次の判断へと引き継がれていきます。
つまり英米法では、
- 法は一度に完成しない
- 判断は積み重なっていく
- 「正しさ」は抽象論ではなく過去の実例の集合になる
という構造をもちます。
これはまさに、
「慣習がルールになる」というゲルマン社会の延長線上にある発想です。
✅まず現実があり、それに対する判断が積み上がり、結果として法律が作られる。
だからこそ英米法は、
社会の変化に合わせて少しずつ形を変え、柔軟に更新されていきます。
大陸法|あらかじめ書かれた体系
一方、大陸法(Civil Law)では、
法の中心にあるのは、体系的にまとめられた法典(code)です。
フランスを代表例にとるなら、この法典主義の象徴がナポレオン法典になります。
大陸法の世界では、
- 法は文章として先に定められる
- 条文同士の体系的整合性が重視される
- 裁判官は法を適用する人と位置づけられる
つまり、
個別の事件よりも、その背後にある一般原則のほうが重要になります。
これはローマ文明が育てた、
✅巨大で多様な社会を、共通ルールで安定的に統治する
という発想が、そのまま受け継がれた姿です。
そのため大陸法の立場では、
法律を「理性によって設計された制度」としてとらえます。
法律の違いも社会から生まれた
ここですこし注意しておきたいのは、
『英米法と大陸法に優劣があるわけではない』という点です。
どちらも異なる社会条件に対応するために生まれたものです。
✅変化の激しい現場判断を積み重ねる社会
⇒ 英米法(Common Law)が向く☑️広大な領域を一貫した秩序で統治する社会
⇒ 大陸法(Civil Law) が向く
つまりこの2つは、
社会運営の方針の違いから生まれた合理的な判断と言えます。
そしてさらに、この2つの法律への考え方の違いは、
「人間が世界をどう理解するか?」という哲学の領域とも関係しています。
では次章では、この法律観の違いが
- イギリス経験論
- 大陸合理論
という近代哲学の2大流派にどう対応するのかを見ていきましょう。
🟢哲学|イギリス経験論と大陸合理論
――イギリスは経験主義、フランスは合理主義――
前章で見た英米法と大陸法の違いは、
🤔人間はどのように世界を理解し、秩序を見いだすのか?
という思考の根本姿勢の違いでもあります。
この違いは、近代哲学において
✅イギリス経験論(British Empiricism)
☑️大陸合理論(Continental Rationalism)
という形で、はっきりと言語化されていきます。
イギリス経験論|世界は経験から立ち上がる
イギリス経験論を代表する思想家として、
- ジョン・ロック(John Locke)
- デイヴィッド・ヒューム(David Hume)
が挙げられます。
彼らに共通する前提は、きわめてシンプルです。
🎯人間の知識は、生まれつき備わっているものではない。
⇒ 知識は経験によって形成される。
この考え方では、
『抽象的な原理よりも、個々の事例や経験の積み重ね』が重視されます。
まずロックは、人間の心を「白紙(tabula rasa)」にたとえ、
- 見る
- 聞く
- 触れる
- 感じる
といった経験の積み重ねが思考や概念を形づくると考えました。
そしてヒュームはさらに、
人間が「原因と結果の関係を理解している」と思っていることですら、
『繰り返し経験したことの結果として信じているだけ!』
という主張を展開します。
つまりヒュームの理解では、
人間の思考そのものが「経験の習慣(habit)」から生まれたものだったのです。
この考え方は、
英米法(Common Law)の構造と驚くほど一致しています。
- 抽象原理よりも具体的事例
- 一度の判断よりも積み重ね
- 正しさは、後から見えてくるもの
つまりイギリス経験論は、
✅まず現実があり、意味や秩序は後から立ち上がる。
というゲルマン社会の特徴を「哲学」として言語化したものと言えます。
大陸合理論|世界は理性によって構築される
対してフランスを中心とする大陸合理論のシンボルが、
近代哲学の父と呼ばれる「ルネ・デカルト(René Descartes)」です。
デカルトの思考の出発点は「経験」ではありません。
それは彼の有名な『我思う、ゆえに我あり』という言葉にあります👇
- Je pense donc je suis.(フランス語)
- Cogito ergo sum.(ラテン語)
- I think therefore I am.(英語)
このデカルトの命題は、
💡なにが世界の真実なのか分からなくても自分の思考を出発点としてよい!
という姿勢を示しています。
デカルトが自分の思考を信じ切ることができた理由は、
🌍世界はそもそも秩序ある体系として成り立っているのは間違いない!
という前提が存在したからです。
大陸合理論の世界では、
- 正しい原理があれば、そこから体系的に世界を説明できる
- 秩序は偶然の積み重ねではなくすでに存在している
- 混乱は、原理が曖昧になった場合に生じる
という発想が支配的になります。
これはそのまま「大陸法」の法典主義と重なります。
- 個別事例より一般原則
- 判断より体系
- 経験より理性
それゆえ大陸合理論は
✅先に秩序を設計し、現実をそこに配置する。
というローマ社会の特徴を、
法典主義と同じ発想で「哲学」として洗練させたものと言えます。
思想の違いも社会基盤から生まれる
ここまで見てくると、
『経験論と合理論の対立』は、単なる哲学の立場の違いではないことが分かります。
それぞれが
✅小さな共同体を現場の判断で運営してきた社会
⇒ イギリス経験論のアプローチ☑️巨大な社会を、抽象的な原理で統治してきた社会
⇒ 大陸合理論のアプローチ
というそれぞれの社会の運営条件が生み出した思考様式の差と言えます。
そしてさらに、この思考様式の違いは、
🤔人間が言葉をどう扱うか?正しい表現をどう決めるか?
という問題にもそのままつながってきます。
では次の章では、
- オックスフォード英語辞典
- フランス学士院
という英語とフランス語における「言葉の扱い方の違い」を象徴する存在を見ていきましょう。
🟡言語|オックスフォード英語辞典とフランス学士院
――英語は集めた、フランス語は決めた――
法律や哲学に現れていた社会の姿勢は、
実はもっと身近な「言葉の扱い方」にも現れています。
それでは、
✅Oxford English Dictionary/OED
(オックスフォード英語辞典)☑️L’Académie française
(フランス学士院)
という英語とフランス語の違いを象徴する二つの存在をみていきましょう。
OED|使われた言葉を記録する
OED の基本姿勢は、きわめて明快です。
言葉は、使われることで意味をもつ。
OED は「正しい英語」を決める機関ではありません。
過去から現在に至るまで、
「実際に使われてきた用例(usage)」を収集し、それを年代順に記録しています。
- いつ?
- 誰が?
- どんな文脈で?
- どの意味で?
その言葉を使ったのか?
その履歴そのものが、語の意味を形づくるんです。
これは現代の Wikipedia や Wiktionary のひな型ともいってもいいでしょう。
ここでは、
- 正しさは先に定義されない
- 意味は後から見えてくる
- 変化は排除されず、蓄積される
という態度が一貫しています。
これは、前章までに見てきた英米法やイギリス経験論 と完全に同型です。
✅まず現実の使用があり、その結果として秩序が生まれる。
ただし、ここで注意点があります。
英語がOEDのような姿勢をとった背景には、
もう一つ、英語という言語そのものに関わる深い事情があります。
それは、
🌈英語そのものが複数の要素が大きく交わった言語である
という事実です。
実は、ノルマン征服(1066)以降、英語の中には
- 古英語(アングロサクソンの言葉)
- フランス語(中世の支配階級の言語)
- ラテン語(学術・教会の言語)
が混在し続けました。
つまり英語は、フランス語のように「正しい形の定義」がそもそも難しい言語だったのです。
だからこそ、
✍️「何が正しいか?」ではなく「何が使われているか?」を記録する
というOEDの姿勢は、英語にとって必然的な選択だったとも言えるでしょう。
フランス学士院|正しい言葉を定義する
一方、フランス学士院(l’Académie française)の姿勢は、
OEDとははっきりと異なります。
フランス学士院は、フランス語の正しさを守り、定義する国家的機関です。
- 正しい語形
- 正しい用法
- 望ましい語彙
これらを公式に示し、言語の秩序を維持することが使命とされています。
ここでは、
- 言語は設計されるべきもの
- 変化は管理されるべきもの
- 混乱は正されるべきもの
という考え方が前提にあります。
新語や外来語に対しても、
✅「どう使われているか?」より「どう使うべきか?」が問われる
という点は、この姿勢をよく象徴しています。
この考え方は、
フランス固有の気質から突然生まれたものではありません。
その背景には、
- ローマ帝国の成文法・法典主義
- ラテン語による書き言葉中心の文化
- それを中世ヨーロッパで保存したカトリック教会
という、ローマ帝国的な制度の継承があります。
この「形式と体系を重んじる発想」が、
法律・宗教・学問・言語の世界にも引き継がれていきます。
さらにこの点で、フランス学士院の姿勢は、
- Civil Law(大陸法)
- 大陸合理論(デカルト)
と見事に重なります。
✅先に原理と規範があり、それに合わせて現実は整合される。
これを近代国家のもとで、
言語の領域に適用したのが、フランス学士院であると見ることができます。
イギリスとフランスの言語観の違い
OEDとフランス学士院の違いは、単なる辞書編集の方針の差ではありません。
それは「言葉の正しさ」が
- 使用から生まれるのか?
それとも、
- 原理から与えられるのか?
という文明的な問いへの答えの違いである。
ここで、これまでの対応関係はより明確になります。
✅ゲルマン的慣習社会
→ 英米法(Common Law)
→ イギリス経験論
→ OED☑️ローマ的法典社会
→ 大陸法(Civil Law)
→ 大陸合理論
→ フランス学士院
同じ「正しさの決め方」が、
法律・哲学・言語という3つの領域でも一貫して繰り返されています。
⭐Closing Thought
ここまでお読み下さった皆さん、ありがとうございました😌
今回は「正しさを理解する視点には、少なくとも2つある」というお話でした。
- ゲルマンとローマ
- イギリスとフランス
- 英米法と大陸法
- 経験論と合理論
- OEDとフランス学士院
これらは別々の話ではなく、
同じ問いに対する、異なる答えのつながりでした。
人間は、
『経験から秩序を見いだそうとするのか?』
それとも、
『原理によって秩序を与えようとするのか?』
この問いへの姿勢の違いは、社会の制度から、思考の枠組み、そして言葉の扱い方にまで、静かに浸透しています。
🤔「正しさ」とは何か?
その問いは、私たちがどんな世界を生きてきたかを映す鏡かもしれません。
ではまた、別の記事でお会いしましょう🫡
ちょっとユニークな英語塾
志塾あるま・まーたは、楽しみながら英語を広く深く学べるオンライン英語塾です。
高校を半年で中退した塾長が、アメリカ留学中に人工言語エスペラントと出会ったことをきっかけに、ゼロから“世界で通用する英語力”を習得できました。
その学び方をベースに、統語論(Syntax)と意味論(Semantics)を組み合わせた独自の指導法を展開しています。
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