英語では「神社」のことを shrine というのはよく知られています。
そして「お寺」を temple ということもよく知られています。
しかし、とても重要なことが見落とされている気がします。
そもそも shrine も temple も日本とは関係なく存在する英単語です。
つまり、日本のことをよく知らない人たちからみれば「shrine や temple から、まずイメージするものは、日本の神社やお寺ではない」といえます。
それゆえ「神社 = shrine」そして「お寺=temple」と丸暗記してしまうと本来の英語の意味を取り違えてしまいます。
とはいえ、宗教や信仰に関する英語を学んだり、触れたりする機会はあまり一般的ではないのと思うので、すこし解説していきたいと思います。
英語の shrine が意味するものとは?
まず、神社の英訳としてつかわれる shrine の意味を学んでいきたいと思います。
早速、英語版の Wikipedia より「shrine」の記事を引用します。
A shrine is a holy or sacred place, which is dedicated to a specific deity, ancestor, hero, martyr, saint, daemon, or similar figure of awe and respect, at which they are venerated or worshipped. Shrines often contain idols, relics, or other such objects associated with the figure being venerated.
「A shrine とは特定の神や祖先、英雄、殉教者、聖人、神霊やそれに類する畏敬の対象(figure)が崇拝される神聖な場のことである。Shrines は偶像や聖遺物やその他の崇拝される対象(figure)と関連したもの(objects)をもつことがよくある。」
Shrine – Wikipedia
このように shrine の特徴は「崇拝の対象が存在する場所」であるとわかります。
英単語の shrine の語源は、ラテン語で「本や文書の入れ物(case or chest for books or papers)」を意味する scrīnium に由来します。
ちなみに Wikipedia の日本語版の「神社」は、英語版の「Shinto shrine」の記事にリンクしています。
しかし、英語の「Shrine」のリンクには、それに相当する日本語の記事は存在していません。
つまりこういうことです。
また、BBCのドキュメンタリーをみていると、おもしろいオープニングになっていました。
“Jerusalem is the shrine of three faiths: Judaism, Christianity and Islam.”
「エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの信仰の shrine である。」
Jerusalem the Making of a Holy City – BBC
なんとエルサレムという都市そのものが shrine と呼ばれています。
制作がBBCなので、英語そのものが間違っていることはまずあり得ません。
ではなぜエルサレムが shrine となるのでしょうか?
それはエルサレムが「岩のドーム The Dome of Rock」や「嘆きの壁 Western Wall」など聖なる構造物がいくつも存在する場だからです。
この場合、「聖地とされる都市そのものが shrine である」と解釈していることがわかります。
そして、その「岩のドーム」の英語版 wiki の解説は以下のようになっています。
“The Dome of the Rock is an Islamic shrine located on the Temple Mount in the Old City of Jerusalem.”
Wikipedia
上記の文には Islamic shrine という言葉がでてきます。
ここには、現在イスラム教徒の管理下にあるものの、ユダヤ教徒とキリスト教徒にとっても歴史的、宗教的に重要な「Foundation Stone」が祀ってあります。
この「Foundation Stone」という崇拝対象がある場所なので、岩のドームは shrine と呼ばれることになります。
あと「Temple Mount 神殿の丘」との表現もでてきますが、これについてブログの後半部で解説します。
英語の temple が意味するものとは?
では、次に temple の意味を見てまいりましょう。
例によって、英語版の Wikipedia より「temple」の記事を引用させていただきます。そして翻訳は日本語版の引用です。
“A temple is a structure reserved for religious or spiritual rituals and activities such as prayer and sacrifice.”
「神殿(英:Temple)とは、宗教や精神的な儀式や祈祷や生贄などの活動のための施祭祀設。」
Wikipedia
この解説からわかる temple が意味するものは「儀式や祈祷といった信者が集団で行う活動の場」ということです。
つまり大きな分け方だと shrine は「崇拝対象の置かれる場所」で、temple は「信者の活動の場」という分け方ができます。
多義語の Temple には要注意
すこし話がずれますが、 temple は「こめかみ」という意味もある多義語です。
「神殿、寺院、聖堂」という意味の temple はラテン語の templum が語源です。
しかし「こめかみ」の temple の語源は、ラテン語で「こめかみ」を表す 「tempus ⇒ tempora」となります。
脳の「側頭葉」のことを temporal lobe と言いますが、語源は同じく「tempus ⇒ tempora」に由来します。
これまた temporal も多義語で「脳の側部」を表す形容詞以外にも、「時間的、世俗的」を表す形容詞になります。
英語に限らず、多義語の知識を欠くと、とんでもない思い違いのまま時間が流れていく可能性があるので、すこし豆知識としてご紹介させていただきました。
なぜ神社は英語で shrine と呼ばれるのか?
それでは話を日本のことに戻します。
本題のひとつ、「神道の神社」が shrine と呼ばれる理由を見ていきましょう。
神社の英訳に shrine が使われるだけあって、神道の建造物だけを意味するものではありません。
神社の特徴とは「御神体(ごしんたい)があること」です。
ご神体には様々なタイプがあるので見ていきます。
神様をご神体とする神社
ご神体としておそらく一番なじみがあるのは「天照大神(アマテラスオオミカミ)」や「大国主命(オオクニヌシノミコト)」など神様を祀る神社でしょうか。
それぞれを主祭神とする伊勢神宮や出雲大社がその代表です。
ちなみに伊勢神宮というのは通称で正式名は「神宮」です。
また10月は旧暦で、日本中の神様が出雲大社に集まることから、神無月(かんなづき)と呼ばれます。
しかし、逆に神様が集う場である出雲では神有月(かみありづき)と呼ばれます。
さらに「有」という漢字は「十」と「月」に分解できます。「神有月」は「十月」ですね。
それゆえ出雲系の神社には「有」という字が瓦にデザインされているところもあります。こういう遊び心(?)が私が日本を好きなところのひとつです。
天皇をご神体とする神社
また、神武天皇(じんむてんのう)や応神天皇(おうじんてんのう)など天皇も、実在したかどうかは別として神様として祀られています。
奈良県の橿原神宮(かしはらじんぐう)は明治期になって建てられた神社ですが、神武天皇が祀られています。
応神天皇は八幡神として多くの神社で祀られています。そして八幡神社の総本社は大分県にある宇佐神宮(うさじんぐう)です。
一口に、天皇といっても伝説的色合いが混じるような場合もあり、実在が確定している天智天皇(近江神宮)や明治天皇(明治神宮)とは学術的な扱われ方は別と考えるとよいと思います。
自然の驚異をご神体とする神社
また、もともと初期のころの神社は「磐座(いわくら)」や「御神木(ごしんぼく)」のような自然の力に敬意を払うためにつくられた経緯があります。
熊野那智大社の中にある、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)は那智の滝そのものが御神体になっています。
ここには一般的な神社によくみられる「本殿 main hall」も「拝殿 worship hall」も存在しません。
鳥居から石段を下りた先に、すさまじい迫力の那智の滝があります。
また那智大社の近くには、熊野神社の元とされる神倉神社(かみくらじんじゃ)があり、御神体は「ゴトビキ岩」と呼ばれる大きな岩になっています。
神聖な宝物をご神体とする神社
ほかにも「神聖な力をもつ宝物」を御神体としてまつる神社もあります。
ちなみに英語では「聖遺物 holy relics」という類似表現があります。
奈良県の石上神宮(いそのかみじんぐう)では日本神話に登場する刀である「布都御魂(ふつみたま)」が御神体になっています。
布都御魂は、中臣(藤原)氏の氏神である建御雷(タケミカヅチ)が葦原中国(神話の中では日本のこと)を平定した際につかった剣です。
愛知県の熱田神宮(あつたじんぐう)では伝説の刀である三種の神器のひとつ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」が祀られています。
草薙剣(別名:天叢雲 アメノムラクモ)は素戔嗚尊(スサノオノミコト)が、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒したときに、その体内から出てきた剣です。
御霊(怨霊)をご神体とする神社
平安時代に入り、神社は菅原道真など人間(怨霊)をまつる天満宮などにも発展していきました。
四国で無念の死を遂げられた崇徳上皇は、明治維新の時に京都の白峯神宮(しらみねじんぐう)に改めてお祀りされています。
「怨霊 おんりょう」に敬意を払いお祀りすると「御霊 ごりょう」となって守ってくださいます。
偉人をご神体とする神社
後醍醐天皇に忠義を尽くし亡くなった楠木正成のために湊川神社(みなとがわじんじゃ)も明治になり建立されました。
明治の軍人であった乃木希典も乃木神社(のぎじんじゃ)に祭られています。
神であれ、天皇であれ、自然であれ、宝物であれ、怨霊であれ、人間であれ、「御神体をまつる場」であることが神社の特徴です。
それゆえ shrine が適切な訳とされたと思われます。
神輿も厨子も shrine
ほかにも奉納や供え物がささげられる shrine は「altar(祭壇)」とよばれます。
また、神輿(みこし)は「portable shrine」と訳されることがあります。
ご神体が載せられ、神様の移動に使われるためです。
あたりまえですが、神輿の上で人々が集まることはできません。
そして逗子(ずし)は「miniature shrine」と訳されているのを目にしたことがあります。
有名な厨子といえば聖徳太子の玉虫厨子ですが、小さすぎて赤ちゃんですらはいることはできません。
こうしてみると shrine が和訳にあてられている言葉には、明確な意図があることがわかってきます。
なぜお寺は英語で temple と呼ばれるのか?
それでは次に、仏教の寺院が temple と呼ばれる理由を見てまいりましょう。
寺院には、仏像やお釈迦様のお墓や骨が崇拝対象として存在します。
それと同時に、寺院は僧侶が集まって修行をする場であり、祈祷を行うことも大きな意味を持っていました。
平家物語にでてくる「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)」というのも、出家した僧侶が宿泊する場所を意味しています。
また、寺院の複合施設を表す「伽藍 がらん」も「お坊さんたちが集まって修行をする場」を意味する言葉です
これは「僧伽藍摩 そうぎゃらんま」がもとになっていて「僧伽 そうぎゃ」とは「寄り合い」や「集まり」を意味するサンスクリット語です。
このように寺院は「修行者や僧侶の集団生活や祈祷・修行の場」としての意味が強いので、temple が英訳として適当なのだと思います。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教にも shrine と temple はある
このような理由から日本では一般的に「shrine = 神社」や「temple = 寺院」となっています。
そうなると shrine や temple は日本のものを意味するように勘違いしてしまいそうになります。
しかし、その理由は実は英語にあります。
キリスト教やイスラム教にも shrine や temple はありますが、それらは別の名前で呼ばれていることが多いのです。
さきほど「岩のドーム」は shrine であることを紹介いたしましたので、ここで temple について Wikipedia の記事をもう一度、引用します。
“(A temple) is typically used for such buildings belonging to all faiths where a more specific term such as church, mosque or synagogue is not generally used in English.”
「Temple はチャーチ、モスク、シナゴーグのようなより明確な用語が英語で一般的に利用されていない宗教や信仰に帰属する建造物を表すのによく利用される。」
Wikipedia
これらの「チャーチ、モスク、シナゴーグ」は特定の宗教の temple を表す言葉です。
それでは、その3つを並べてみます。
- ユダヤ教(Judaism)の temple はシナゴーグ(synagogue)
- キリスト教(Christianity)の temple はチャーチ(church)
- イスラム教(Islam)の temple はモスク(mosque)
もちろん、これらの区別は明確ではなく、ユダヤ教やキリスト教の教会で temple と呼ばれているものもあります。
例としては、岩のドームのところで紹介した「Temple Mount 神殿の丘」はユダヤ教のエルサレム神殿があった丘になります。
実際、一般的な見方をすると、古代エジプトやギリシャ、メソポタミアの神殿、ヒンドゥー教や仏教の寺院はまとめて temple と呼ばれています。
それゆえ、すくなくとも英語を理解するためにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教は特別な扱いの宗教だと理解することが必要です。
実際に、この3つの宗教は「アブラハムの宗教 Abrahamic Religions」と呼ばれるものに属し、聖書の内容をかなりの割合で共有しています。
同じ項目でも、共通の解釈もあれば、まったく相いれない解釈も存在します。
ある信仰では正当とされる内容もあれば、別の信仰では重視されていない内容もあります。
ブログの初めでお話しした「岩のドーム Dome of the Rock」のあるエルサレムもこの3つの宗教の聖地です。
いくつもの要素が宗教ごとに不可分な位置づけにあり、それゆえ紛争の火種にもなっています。
歴史や信仰を知ると言葉をより深く理解できる
このようにみてみると shrine と temple は神道と仏教の専門用語でないというだけでなく、世界の宗教や信仰を理解するヒントになることばです。
英語の意味を歴史的、宗教的視点から学ぶことは、和訳では見えてこないことを理解するチャンスです。
それぞれの文化や言語圏に特有の本質的な意味を理解しておくと、英語がより深く理解できるようになると思います。
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